蜂葉一『かしわん』

 佐渡には金を貸す狸がいたそうですが、わたくしども三戸の狐は膳椀を貸します。それで何を利子に頂くかといいますと……古来より「椀の借りは木と肉を取り替えて返せ」と申しましてね。つまり、相応のしし肉を椀に盛って返却してくださればよいのです。
 昔は――そうですね、あなたのおじい様が子供だった時分でしょうか――狐と人の間でよく椀の貸し借りが行われていたものです。ところが今では、その交渉がぷっつり途絶えてしまいました。なぜかと申しますと、畏れながら、あなたがた人に非があるのです。
 昔はようございましたよ。狐も人も互いに尊敬しあい、対等の椀貸し関係が成り立っておりました。しかし時代が下り、背の高い建築が建つ御時世に入りますと、だんだん人は狐を見下すようになったのです。そして、お貸しした膳椀が返ってこない、というまこと度し難い事態が増えていったのでございます。椀の価値云々を申し上げているのではありません。彼らが貶めたのは、信頼関係なのです。
 隠れ里の椀が底をつくや、わたくしどもは人里との交流を断ちました。そして、その日から「取立て」を始めたのでございます。ところで、人の世にもわたくしどものような「取り立て屋」が存在するそうですね。なんでも、時に債務者の生命まで奪うとか。こわやこわや。わたくしどもは命まで頂くような真似はいたしません。先程も申し上げましたとおり、狐の法は「椀の借りは木と肉を取り替えて返せ」、これに尽きます。
 さて、そろそろ負債を払っていただきましょうか。何? 椀なんて知らない? ハハ、借主はおじい様ですからね。無理もない。しかし連帯保証人制度というものがございまして……え?
 いえ、大丈夫。元本を失っていても、返済は可能です。別な手段で支払っていただきます。そう――椀の木を肉に変えて、ね。
 ところで、あなた、右利きですか? それとも左利き?