きむら『こだま』

 鬱蒼とした森の小道、じめっとした空気が絡みつくように覆い被さってくる。夜通し降り続いた雨のせいなのか、黒土が水気を含んでいっそう軟らかくなっていた。一歩足を踏み出すたびに、枯れて変色した落ち葉ごとずぶずぶ膝までめり込んでいく。

 引き上げようにも足が抜けない。まったく身動きが取れなくなった。むしろどんどん沈んで、見る見る胸まで埋まった。

 どのみち事業に失敗し、妻にも愛想をつかされ死ににきたのだ――ここで朽ち果てるのならそれも運命かもしれない。観念して辺りを見回すと無数の妖しげな光が蠢いていた。まるで怪火、私を死の世界へいざなう感じで揺れていた。

 でも、なぜか懐かしさが募る。

「遊ぼ……」

 不意に一つの光が沼地をはねるように近づいてきた。「昔、よく遊んだよね」

 その瞬間、幼い頃の記憶が甦った。忘れていた方言までも。

「したらば、木霊?」

 私は首を伸ばし、喘ぎながら問いかけた。

「そうだよ。君は大人になって僕らのことを忘れてしまったんだ。ずっとそばにいたのにさ」

「だども、見えなかったど」

 と言葉を返したときに、私は木霊が見えていた頃の無垢な気持ちを失くし、逆に木霊へ背を向けていたことを思い出した。

 だから、事業に失敗したのだって利益しか追求しなかった結果。愛想をつかされた妻のことだってそうだ、年月を重ねるにしたがい家政婦ぐらいにしか考えなくなっていた。すべて生きるのに必要なのは金、そう思い込んでいたからだった。

 たまらなく涙が溢れてきた……とまらない。

「戻ろう」

 無数の木霊が寄り添い、そんな私を引き上げる。

 その温かな光に抱かれて、ふわふわと心地よく宙を舞っていく。

 たぶん私は、とうに死んでいるのだ。そうして木霊に戻るのだろう。