高中千春『ふるえる骨』

 よく晴れた夏の午後、浜辺を歩いていると、波打ち際に背の低い机と椅子があった。スチールパイプの脚と木目調の化粧板に見覚えがある。かつて学んだ小学校の教室に並んでいたものとそっくりだった。おそらく漂着したのだろうが、意図して置かれたかのように、椅子は海に向かって机の下にきちんと収まっていた。
 椅子を引くと座板は乾いていて、僕は何気なく腰をおろした。天板下の「箱」に膝がつかえる。
 背中を丸めて机の上に両肘をつき、組んだ指の上に顎をのせて水平線を眺めていると、打ち寄せる波の音にまじって、「のーん、のーん」という、遠雷のようなこもった音が聞こえた。
 あたりを見回しながら耳を澄ますと、音は止んでいた。
 空耳かしら。指の上に顎を戻すと、再び波音に先ほどの音がまじる。
 ふとよぎった推測があった。
 顎をあげる。音が止んだ。顎をおろす。音が再開した。
 音は振動である。普通は鼓膜を震わせる空気のゆれを音だと脳が認識するのだけれど、今僕は鯨のように下顎の骨で、机が発する振動を音に変換しているのだ。
 最初にこの机が震えた瞬間を想った。
 その時だった。腿の肉が綿のように可塑性を増し、僕の身体は背中からしゅるりとすべって、机の下に体育座りの姿勢で収まった。そして、またあの音が聞こえてきた。
「のーん、のーん」
 僕は怖くてこわくてつくえのあしをりょうてでにぎりしめてふるえながらみみをすませていました。