2011-10-21から1日間の記事一覧

田麿香『売国奴の厚顔』

かつて、現在の岩手県は奥州市、衣川の流れるあたりには、たびたび恐ろしい化け物が現れたという。その姿はほとんど人のようでありながら人には見えず、鬼のようでありながら鬼には似ても似つかなかったと伝わる。 それが現れるのは、決まって夕暮れも暮れの…

山野京子『魂の会』

ここは三陸のとある海岸。≪津波で命を亡くした魂が、夕方になると徐々に集まって来て、『魂の会』が開かれる≫という噂をきいた僕は、恐る恐るやってきた。妹の有香に会うためだ。あの日、有香の手を離してしまったために、有香は波に攫われた。僕は一言謝り…

池田一尋『アタシダケノカッパチャン』

義姉が赤ちゃんを出産した。震災に遭った兄さんはもう戻ってこないが、義姉の夢見るような瞳を見て、僕は彼女が幸せの絶頂のひとつに居るのだと確信した。 「素敵な名前をつけたの。登録も済ませたのよ」義姉は微笑んだ。「河童ちゃんよ。あのひとが夢枕に立…

池田一尋『ハヤチネヤマノセオリツサマ』

早池峰神社に祭ってある瀬織津姫神様の絵巻に惚れた。現実世界に絶望したのも理由の一つだが、矢張り神々しい瀬織津姫神様の姿は素敵だ。目が覚めるように美しい。 瀬織津姫神は俺の嫁。という訳でもなかろうが絵姿の求心力には敵わない。かといってやはり二…

高中千春『ふるえる骨』

よく晴れた夏の午後、浜辺を歩いていると、波打ち際に背の低い机と椅子があった。スチールパイプの脚と木目調の化粧板に見覚えがある。かつて学んだ小学校の教室に並んでいたものとそっくりだった。おそらく漂着したのだろうが、意図して置かれたかのように…

山石千一『大木』

頭上に覆いかぶさる枝に陽は隠され、不気味な薄暗さが辺りを支配していた。道を間違えたようだ。みちのくへの一人旅。湖の近くで山歩きを楽しむことにしたのだが……戻ろう。私は踵を返した。 来るときは道なりに真っすぐ歩いてきたはずなのに、戻る道は途中で…

蜂葉一『散歩先の提灯小僧』

ぽつり、ぽつり、と眼下のアスファルトに瓜状の黒斑が踊る。なんだろうか、ああ、靴跡か、と気づいた時には、すでに先行するそれをぴったり踏んで歩いている。見れば、自分の靴とサイズも形状も寸分違わない。 まずいぞ、と。 きっとまずいことになるぞ、と…