池田一尋『ハヤチネヤマノセオリツサマ』

 早池峰神社に祭ってある瀬織津姫神様の絵巻に惚れた。現実世界に絶望したのも理由の一つだが、矢張り神々しい瀬織津姫神様の姿は素敵だ。目が覚めるように美しい。
 瀬織津姫神は俺の嫁。という訳でもなかろうが絵姿の求心力には敵わない。かといってやはり二次元なので恋慕は叶わない。
 失望し泥酔して惰眠を貪っていると夢の中で瀬織津姫神様と逢瀬が実現した。
 二人で高校生のようにファストフードやラウンドワンでデート、とはいかず早池峰を二人で登山である。健全で解放的。紳士淑女の逢引はこうでなくてはいかんと思うがどうかね、君。しかし心臓は初な高校生のように激しく脈打っているが、ここは緊張の為ではなく、登山の影響だと断言したい。登頂後は二人いい感じにブラブラしていたが不意に大便を催した。これはあれだ、寝酒に呑んだ焼酎が祟ったのだ。周囲に屋外便所を求めたが霊峰の頂上にそんな無粋なものは見当たらん。
 便意は俺を追い詰め、可憐な瀬織津姫神様は不思議そうにこちらをご覧になっていらっしゃる。寝ている俺を叩き起こし、寝る前に飲む酒は選べと殴りつけたいがそうすると夢は掻き消えてしまうし、だが背に腹は代えられん。憧れの君の前で漏らすなど論外だ。
 ハッと目覚めてみるもしかし時遅く、この歳にして若干漏らしてしまった。後悔と寂然に堪えかねひとしきり蒲団の上で嗚咽してから下半身だけ裸で便所に赴く。 ところが便器の中には神社のお札が詰まっておりトイレットペーパーもお札製だ。事態に窮したものの最前までの夢に操を立てて我慢して便所から抜け出た。
 すると瀬織津姫神様が廊下に立っている。
「いいことですね。偉いですよ」
 照れたところで目が醒めた。
 翌朝、病院に行くとあの日に災害に遭って以来、眠ったままだった妻と娘が意識を回復していた。