坂巻京悟『即身木』

 山形県の出羽山麓で育ったというTさんの話。
 当時、未就学児童だったTさんは、よく近所の公園で遊んでいた。そこは樹木が数多く生えていて、ブランコなどの遊具も置いてあり、子供が友達と過ごすには申し分のない場所だった。
 その日、Tさんは友達とのタイマンジャンケンに勝利した。喜び勇んで、回転遊具のグローブジャングルに乗り込んだという。Tさんの合図で友達はトコトコ走り始めた。しかし、いつもと違い、回転速度が上がってきても、友達はパイプから手を離そうとしなかった。
 不意に砂埃が立った。そして、物凄い異音と奇声が響き渡った。どうやら転んで遊具に巻き込まれ、只事でない怪我をしたらしい。Tさんは飛び降り、泣いている友達の傍に膝を突いた。見ると、左手が紅い。小指が――無い。薬指も辛うじて繋がっているだけだった。狭い村は上を下への大騒ぎになった。
 大人達が挙って捜索に出たが、切れた小指は見付からなかった。
 その後、Tさんは村の小学校に入学した。例の友達もクラスメートで、険悪な仲ではなかった。しかし、事故から三年と三ヶ月ほど経った頃、いきなり降って湧いたように嫌な噂が広まった。
 公園にさ、人の腕みたいな枝があるの知ってる? 刺激すると、それがピクピク動くんだって。木の皮に刺さった人の指が腐らないまま――でしょ? 接木って奴だよ、俺の祖父ちゃんが盆栽でやってた。
 ――Tさんは程なく登校拒否になってしまった。勿論、噂の真偽なんか調べていない。
「けど、今になって考えると、あの噂はその子自身が流していたんじゃないかって……」
 Tさんは取材の最後にそう洩らした