宮本あおば『帰郷』

 駅前通りでは、外に設置された古いスピーカーから、いつもの曲が流れている。音が悪いのは装置のせいなのに、暑さのあまり歪んで聴こえるのではないかと感じる。
 夏祭りだ。
 初日の踊り流しを見に来た私は、高校時代の同級生と、コーヒーショップに座っていた。
奈良時代に朝廷に召されたひとが、逃げ帰ろうとするんだけど、追っ手に捕まりそうになって、猿沢の池に身を投げちゃう。そしたら故郷の山の清水に、遺体が浮いたって話だったよね」
 祭りの起源になった伝説について、得意気に語った彼女は、にんまりと笑う。
「そうじゃないよ。そのひとは、入水したふりをしてちゃんと帰って来るんだけど、許婚がもう亡くなっていて、悲しみのあまり山の清水に身を投げるんだよ」
 私が訂正すると、彼女は子どもっぽく下唇を突き出して見せた。高校の頃から、いい加減な知識で知ったかぶりばかりだが、何となく憎めない。
「何で違った風に覚えてたんだろう。だけど、私バージョンの方がロマンチックだと思わない?」
 テーブル越しに、頬杖を付いて上目遣いになる彼女に、相手を間違っているんじゃないかと苦笑が湧く。外にもそんな顔をしてみせたい相手は、沢山いるだろうに。
「死んでも身体をふるさとの池に浮かべるなんて、すごい気合いだねえ」
 私のアイスコーヒーの氷を鳴らして、ふふふと笑った彼女が、なぜ伝説を覚え間違っていたのか、今なら分かる。
 二日前に通勤の途中、ニューヨークの地下鉄事故で亡くなった彼女が見えるのが、どうして私だけなのかは、分からなかった。