丸山政也『巻貝とおんな』

 阿弥陀に被った角帽を掌で押さえ付けて、私は女の後を追っている。女は色艶やかな友禅に外八文字で歩いているというのに、どれだけ急ぎ足で追っても、二人の距離は一向に縮まらない。女は低い嗤い声だけを私の耳朶に残しながら、複雑な隘路をすり抜け、路を折れる。私は私で、詰襟の釦を二つ外すと、高下駄を脱ぎ捨て、裸足になった。腰の手拭いで額の汗を拭う。女は着物の裾を軽く押さえながら、長い石段を苦もなく登っていく。女の後には、薄く麝香の匂いが漂っている。
石段を登り詰めた先には、巻貝の様な歪な形の、奇天烈な、木造六角形の建物が建っている。外観が黒いのは、建立されてから相当な歳月が経っているからだろう。
女は脇目も振らずに建物の中に入っていく。一足遅れる形で私も入ると、建物の中はただ階段があるばかり。壁の格子戸から陽が射してはいるが、中はぼんやり薄暗く、古木の香りに満たされている。頂上まで行けば、女は下に向かって降りるしかないのだから、自然私と出遇わすことになる。しめた、とばかりに私もその傾斜を登っていく。しかし前を行く女との距離は、縮まるどころか広がる一方だ。そろそろ頂上かという処で、女は忽然と私の眼前から姿を消した。頂上の小さな太鼓橋を渡ると、其処からは下りになっている。此処を降りていったのか。しかし、其れにしてもどうなっているのだ……。
不可思議な思いで傾斜を降りていくと、眼下に外の明かりが見える。出口か――。
 すると其の光の真ん中に、女の小さなSilhouetteが見えた。此方に背を向け、立ち止まっている。女は待っているのに相違ない。私が追っていることを端から知っていたのだ。女の肩に、そっと手を掛ける。見も知らぬ、女の肩に。潰し島田の女は、ゆっくりと振り返った。その女の顔は――。