青木しょう『狐』
私は保育園に入るのが遅かった。幼い頃は祖母に見守られながら、家のまわりや畑、田んぼで遊んでいた。
ある日、祖母が庭にいた私を無理矢理家の中に押し込んだことがある。
私は不満だった。よく覚えていないが、何かで楽しく遊んでいたのだろう。
憤る私に、祖母はぽつりと言った。
「キヅネきた」
頑として動かない祖母。私は祖母の細腕に抱えられながら、首をねじ曲げて外を見た。当時、我が家の玄関はガラス戸だった。
女の人が山の方から歩いてくる。
頭からすっぽりと黄色いスカーフを被っている。そのせいで顔が見えない。スカーフばかりでなく、派手な原色ばかり使った服装はひどく奇妙な印象だった。
その女の人は家の前で立ち止まった。
祖母の手にぎゅっと力が入った。
彼女は向かいの家のおじいさんが草刈りをするのをじっと眺めている。おじいさんは女の人が見えていないかのように、きれいさっぱり無視したまま手を動かしている。
祖母が私の頭の向きに気づいた。
私は座敷に連れて行かれ、その日はもう外に出してもらえなかった。次の日、お向かいから「おじいさんが亡くなった」とお知らせが来た。
月日が経ち、私は大人になって、婿を取り子供を産んだ。家は建物だけ変わったが、場所は変わらず、今も峠を下ってきた道路脇にある。
庭で洗濯物を干していると、白いシーツの向こうに黄色いスカーフがちらついた。
私は足もとで遊んでいた息子の手を引き、急いで玄関に入った。息子は不満の声をあげたが取り合わなかった。
そして玄関の扉を閉め、鍵をかけた。