佐原淘『除染』

 夏の暑い日、小宮さんが自分の店裏の駐車場に溜まった土を測定したら100μSV/hだった。あわてて市に電話した。すると市役所は「市内の仮置き場が決まるまで敷地に埋めて置いてください」と言う。だが、市民なら誰でも知っている。仮置き場は絶対決まらない。なぜなら国の最終所分場が決まるあてがないのに、もし市の仮置き場を決めてしまったら、そのままそこが最終所分場となりかねないからだ。つまり、駐車場の土は当分そのままという事だ。
 それから小宮さんがおかしくなった。経営が苦しいため高線量の土で客足が鈍る事を恐れたのだ。土を水で押し流そうとして、その水の流れる先の家と大喧嘩になってしまった。その後、ふさぎ込んでいるという話を聞いたが、ある夜、小宮さんが私の家に押し掛けて来た。私は線量計を小宮さんに貸した仲だ。小宮さんは顔中に脂汗をかき手に出刃包丁
を持っていた。
「何でお前は変な噂を言いふらすんだ!」
 と怒りに震えながらわめいている。一体何の噂ですかと私がなだめながら訊くと
「俺があの土の上に幽霊を見たなんて、何で言いふらすんだ!」と怒鳴った。
 もちろん私は言いふらすどころが、そんな話すら知らなかった、だが動転した私の口から飛び出たのは、「その幽霊はお前の顔をしていたな」という、思っても見ない言葉だった。 小宮さんは蒼白になって、私の顔を凝視していたが、口が裂けるかと思うほど絶叫して玄関を飛び出して行った。その後、小宮さんは奥さんを殺し、首を吊ってしまった。
 そして私は、子供の通学路を高圧洗浄機で除染している時、見てしまった。その水流の中に無数の小さな子供がいるのを。そして納得した。私たちの上に降り注いだ微細な死の塊。それが未来の死を見せているのだ。この高圧水で押し流した物が川に流れ、海に溜まり引き起こす確実な死の未来の記憶を。