樫木東林『殺した女』

 女を殺した。
 今まで、たくさん貢いでやったのに急に別れ話を持ち出してきたからだ。どうせ俺よりも金持ちの男でも見つけたんだろう。悪いのは女の方に決まっている。だから殺したことに後悔はない。それは本当だ。嘘じゃない。だけど死体はどうにかしなければならないな。
――白神山地がいい。
 俺が思案していると、女が天井を見つめたままそう呟いた。埋められる場所を指図するなんて、死んでるくせに傲慢なやつだ。もういっぺん殺してやろうか。
 道中は順調だ。
 結局、女の案を採用して俺は東北へと車を走らせている。世界最大ともいわれるブナの広葉樹林地帯は死体を埋めるのに都合がいいような気がしてきたからだ。途中の飲酒検問では、どうなることかと焦ったが、女が寝たふりをしてくれたおかげで気付かれずに済んだ。そういうところは気が利いてて、良いんだよな。
――ここがいいわ。
 車を降りて、埋めるのに適当な場所を探していると、女がそう呟いた。なるほど、ここは落葉が幾層にも積み重なっていて寝心地は良さそうだ。しかもスコップを使わずに手で簡単に掘ることが出来る。さりげない気遣いに感謝だ。なんだか良いところばかりが目について女を捨てるのは惜しい気もする。
――これで、さよならね。
 首から下は落葉にすっかり埋もれて、残すは頭だけとなった時、女がそう呟いた。ひと言でも言葉を交わしたら情が移るような気がして俺は何も応えずに顔を落葉で覆った。それで全ては完了した。
 女が見えなくなったとたん、あたりの空気は一変した。
 どこか遠くで鳥が啼いている。
 俺は原生林の中でひとり取り残されている。
 慌てて俺は落葉をかき分けて女に話しかけた。しかし女はしゃべらない。考えてみれば当たり前だ。死人はしゃべらない。頬をさすっても青黒く冷たいままだ。当たり前だ。完全に死んでいる。帰りの車中はひとりぽっちだ。当たり前だ。これからもずっとだ。俺が殺したんだ。