餓龍『百鬼夜行』

その日の晩は、とても大きな月でした。
じゅくの帰り、一人で田んぼのあぜ道を歩いていた時、空の方から変てこな音がしたので上を見ました。
今までそんなものを見た事がなかったので、僕はものすごくおどろきました。
顔なし手なし足なし、両目がない人骨しかない人溶けた人、くさった人首がない人。
人だけじゃなく、けもの達も同じく恐い姿をしているのです。
そんな恐いもの達が、行進するように夜空をねり歩いていたのです。
家に帰っておじいちゃんに話をしたら、それは百鬼夜行というんだよと、教えてくれました。
生まれて初めて見たゆうれいが、実はすごいものだったらしいです。
おじいちゃんは次の日、海に向かってお経を読みました。
それからは、百鬼夜行は見なくなりました。
泉瞬太。
という作文を読んで、こんな時だからこそ現実から目を背けず私は大賞をあげました。
普通は作文コンクールで怪談話に大賞なんてあげませんよと、苦笑する東北の小学校教諭の話を聞いたのは夏の終わり頃だが、あれから数ヶ月経ったつい先日、その小学生が見たと思われるものと同じものを私も見た。
月が地平線、若しくは水平線近くに位置する時、普段より大きく見える事があるが、それは単なる目の錯覚である。
問題はもちろん月ではない。
新聞記者として20年、業界では常識人として定評のある私だが、まさか40歳にもなってあんなものを見るとは、人生何があるか分からないから面白い。
スモッグに包まれた東京の上空に、それは突如として現れた。
一つ目小僧や化け猫、からかさ、ろくろ首、魑魅魍魎たちが練り歩く百鬼夜行
もののけの居場所すら無いと思っていた喧騒の都会の夜空に現れたのは、絵巻や物語では想像すら覚束無い本物の幽霊たち。
彼らは東北からはるばる東京の空に、そして私達に、一体何を訴えようと現れたのだろうか。
私は早速、大々的な鎮魂祭の企画実行に取り掛かった。