斗田浜 仁『三郎の足』

「足が、三郎の足が・・・・・・」ぺしゃんこになった車からはみ出ている男の足を指さし、女は独り言を繰り返す。女の目には狂気が宿っている。

「まいったなぁ」県警の刑事は早朝からやっかいな現場検証に立ち会った事を後悔した。人気のない演習場近くの原っぱはドライブ好きのカップルの格好のデートスポットだ。彼らにとって天国のような場所でも、戦車の砲弾で本当の天国にいっちまうなんて思ってもいなかっただろう。原っぱは安全確保のため立入禁止にした緩衝地帯だった。

「昨日の夜、演習があったかどうか本部から防衛省に確認して貰わなきゃな。事前通知も無しに夜間演習とは、ルール違反も甚だしい」彼は本部に現場をどう伝えたらいいか悩みながら、パトカーの無線を掴んだ。

 これは明らかに誤射による事故だ。現場近くに住む複数の町民が夜中に規則的な地響きが一定時間続いたと証言している。演習があったことは明白だ。

「せっかく震災派遣で株を上げたのにこれじゃぁなあ」やりきれない思いを吐露しながら、朝日を浴びる船形山を見上げた。

「?」彼はその風景に違和感を覚えた。よく見ると山に向かってプールほどの大きさの楕円形の穴が交互に等間隔に並んで続いている。穴には戦車の残骸らしきものが見える。振り返ると潰れた車もまさにその穴の中にあった。まるで何かに踏み潰されたかのようだ。

「戦車はなにかと戦っていた?」彼は地元の伝説を思い出した。屈強な体と天にも届きそうな背丈を持つ巨人の話だ。巨人は松島湾を掘り、船形山や七ツ森を創り、吉田川の流れを変えた。名前はそうだ、朝比奈三郎だ。

「三郎の足が、三郎の足が車を・・・・・・」狂った女の呟きが届いた。七ツ森の向こうから規則的な震動がゆっくりと近づいてくる。彼はあの時の地震と似ている揺れに、こみ上げる吐き気を抑えることができなかった。