丸山政也『ふたつ影』

 「まっさかさまにおちるんです」
昏黒の日本海を見つめながら、女はそう云った。
 「真っ逆さま? 誰が落ちるんだ?」
 女は砂浜に腰を屈めると、流木の木切れで、砂の上に意味不明な文字の羅列を書いた。しかしそれも、寄せる波のために、書くそばから消えてしまう。
「いもうとと、せんせ」
「……妹と先生?」
先刻、滝ノ間の無人駅で知り合ったばかりの女だ。少々厄介な女なのかもしれないと私は訝しがった。しかし、能代から出てきたというその女の美しさに、出会った時から私は惹かれていた。傍から離れ難かったのである。
「貴女の妹さんと、その先生とやらが心中でもしたのかね?」
もう夜もだいぶ更けているというのに、無数に瞬く星々と月明かりのためか、砂浜と女の顔だけが、やけに仄白く見える。その時、上空に流れ星を見たような気がした。
突然女は泣き始めた。声を出して泣いている。不幸なことでもあったのだろうか。女の肩を抱き、その美しい顔を横から覗き込んだ。
ゾッとした。嗤っている。泣きながら、涙をぽろぽろ零しながら、女は嗤っている――。
薄気味悪くなった私はヨロヨロと立ち上がり、女の元を離れた。泣き声は背後から聞こえてくるが、もはやそれは嗤っているようにしか聞こえない。砂上に浮かんだ私の影法師は、大小ふたつの影に分かれて揺曳した。男と女。それが伸縮したり、歪んだり撓んだり、また上下があべこべになりながら、何処までも私を追い掛けてくるのであった。