高中千春『畳が濡れる』

 昔、代々守ってきた木耳の狩場を荒らした向かいの家の息子に仕返しをした。
 その年はうちがオショウキ様の当前だったというのに、ぬけぬけと奴が風呂敷に包んで持ってきたわら束をとって置いて、あとで盆のようなかたちの小さなゴザに編みこみ、尻に敷いて雑に扱ってやった。
 うらみが効いたのか、奴は春を待たずに「あたって」死んだ。
 報せを聞いて、そういえばわらの包紙には「あたま」と書いてあったのを思い出した。
 例のゴザは畳の下に隠しておいた。
 しばらくして、おれが腰を下したところの畳が濡れるようになった。
 見ると、表面に血が真っ赤に滲みひどいことになっていた。繊維の隙間からこまかい血の泡が鍋のアクのように浮いていた。しかもおそろしいことに、家族の者にはこれが見えないらしかった。
 隠しておいたゴザをほぐして、夜中に山を登り、社に鎮座するオショウキ様の身体に埋めてみたりもしたが効果はなかった。
 たまりかねて畳を張り替え、古いほうは崩して畑の肥やしにした。
 たとえ見えないのだとしても、血で汚れているおれを目前に、平気で飯を食っている家族に対して湧き上ってくる得体の知れぬ怒りに、次第に抑えがきかなくなりつつある自分が怖かった。
 新しい畳は濡れることはなかったが、その後うちの畑の作物はのこらず病気にやられるようになり、何を植えても土は元に戻らなかった。