須藤茜『父とケサランパサラン』
高校生の頃の話である。
寒い日の事だった。歩道橋を歩いていると、目の前を三センチくらいの白い毛玉がふわふわと横切っていった。
仕事から帰ってきた父にそのことを話すと、嬉々としてテーブルを叩いた。
「それはケサランパサランだな」
「ケサランパサランって?」
「昔流行ったんだよ。ふわふわした白い毛玉みたいなやつでな、空から降ってきて、願い事を叶えてくれる、不思議な生き物」
「いや、ただの雪虫かもしれないし」
「いや、違う。ケサランパサランだ。気仙沼はケサランパサランの名産地なんだぞ。小さい頃はみんな飼ってた。箪笥の奥でおしろいと一緒にしておくと増えるっていう話でな。いいもの見たぞ」
上機嫌で笑って、続ける。
「お父さんも昔捕まえたことがあるんだ」
やはり学校からの帰り道、突然頭上に白い毛玉が降ってきたのだという。
「でもうちにはおしろいがないから捨ててきなさいって叱られちゃってな、逃がしてしまった。もったいないことしたと思うよ」
だから、雪虫だと思うんだけど。そう言おうとしたが、父があまりにも嬉しそうに話すものだから、黙って気仙沼とケサランパサランの不思議な話を聞いていた。
父はその六年後、津波と共に流された瓦礫に胸部を抉られて、亡くなった。気仙沼がケサランパサランの名産地だというのなら、あの日降った雪の中にはケサランパサランが紛れていたのだろうか。
町中が揺れたのだから、きっと波に流されたたくさんの箪笥の中で眠っていたおしろいと共に、私たちの上に希望が降ったはずなのだ。
そうであればいい。
新しい仏壇の前で、手を合わせて、祈る。