2011-12-09から1日間の記事一覧

青山藍明『月下の同窓会』

私を「夜のドライブ」に誘った父は、鼻唄混じりにハンドルを握っている。私は助手席に座り、ふくれっ面をうかべていた。 さっきから、父は街頭も、住居もない、まっくらな道をひたすら走っている。それにも関わらず上機嫌で、幼いころの思い出をああだこうだ…

葦原崇貴『やくめ』

ここが死後の世界だというのなら、きっと天国なんてないのだろう。私はともかく、善人の代表みたいな母までもが一緒に来ているということは、津波に呑まれた人たちは例外なく皆ここへ運ばれたに違いない。人、人、人。地獄は人で溢れかえっていた。そう、地…

葦原崇貴『ふしめ』

瓦礫の山から出てきたビデオカメラは完全に壊れていたが、奇跡的にメモリスティックの中身を再生することはできた。撮影日はすべて三月十一日となっている。 どこかの家のリビング。幼稚園から帰った制服姿の男の子が、満面の笑みで室内を行ったり来たり、落…

葦原崇貴『うらめ』

亘理の工場で働く友人N君から聞いた話。 あの揺れでは幸い人的被害もなく、従業員は工場の表に集まり、工場長の指示待ちとなった。停電となって仕事ができず、また家のことも心配なので、一刻も早く退勤したいというのが全員の心情だった。 しかし工場長は…

新熊 昇『亡』

普段から割合よく利用している某有名通販サイトで「東北の名工・名匠チャリティー」というのを見つけたので「天童」+「将棋駒」というキーワードで登録しておいたら、数日後に「お知らせメール」が届いた。 彫り師である「幽桂」という雅号は初めて目にする…

小島モハ『銀河に落ちる』

鷺沼を知ってるか。そうか、おまえが物心つくまえには、裏山の土砂崩れで埋まってしまってたっけか。あんとき家まで土砂がこなかったのは鷺沼のおかげだと、ばあちゃんは手を合わせて感謝したもんだ。山の神さまの鼻の先から斜面がすぱっと切れ落ちてな。前…

松 音戸子『ハチの遠吠え』

秋田犬のハチ公が走っている。待つことで有名だった忠犬。今はまっすぐに走り続けている。 境界を超えた時、懐かしい手に触れられると思ったが、違った。 ご主人様の魂はどこにある? 森を抜け海を駆け空を行く。時をさかのぼりひるがえる。フタバスズキリュ…

斗田浜仁『ジャガラモガラ』

ジャガラモガラはY県の山奥にある小さな窪地だ。地面の風穴から五度前後の冷風が吹き出ていて、夏でも涼しい場所だ。紅葉は山頂ではなく窪地から色づく。春は頂の雪が消えてもそこは何時までも残る。普通とは逆の不思議な世界と地元の研究家から聞いた。 女…

御於紗馬『再び潮の満ちるまで』

おらが家に帰ったら、妹が喰われてた。 普段入らない山の奥まで、日が暮れるまで食い物を探して、山芋と茸をどっさり見つけた。村の皆も喜ぶだろうと思って戻ったら、庭は妹の血に染まっていた。 隣の爺さんが、妹の腕齧ってた。ゴロウの奴が妹の身体の上で…

来福堂『先代の矜持』

競争馬の生産といえば大概が北海道でね、中央競馬で活躍している馬なんて、ほとんどがそう。うちは東北の小さな牧場だしね、岩手競馬をはじめとする地方競馬を走る馬を、細々と出すばかりです。 牝馬に、種牡馬は三頭。牡は皆、北海道産まれで、中央で重賞な…

来福堂『追慕の雪』

妹の綾が、除雪車に巻き込まれて死んだのは、小学校にあがる前の冬だった。春には一年生だったのに。白い雪が、真っ赤に染まった。あの凄惨な雪の色が、今も頭を離れない。 雪解けの頃、事故のあった辺りで、綾の手袋の片方を雪の中から見付けて、又、泣いた…

鈴木舞『どんと、はれぃ』

「どんと、はれぃ」 遠野の祖母は、昔話をすると必ず全部おしまいというこの言葉でしめくくった。 今思えば残酷な瓜子姫の話さえ、めでたしめでたしにしてしまうこの言葉は、幼い私の胸に濃く影を残した。 離婚問題にけりをつけた母と遠野を出ても、同じだっ…

鈴木舞『夜に落ちるもの』

寺に着いたのは日が落ちる寸前のことだった。旧知の仲の住職は存外元気そうで、感謝とねぎらいの言葉を並べては、あの災害がいかに凄まじかったかを語ってくれた。 夕食後、私は本堂に隣接する法要に訪れた客人向けの部屋に通された。「せっかく来てもらって…

安堂龍『参観日のモヤン』

翔の両親は死んでいて、それで爺ちゃん婆ちゃんの家で暮らしている。サッカーが上手くて、この間は中学生相手の練習試合で得点を決めたほどだ(試合は負けたけどね)。さらに凄いことに、翔には守護霊がついている。いつも背中の上の方にモヤンとしたのが二…

剣先あやめ『支度はできた』

あの、ちょっとお聞きしたいんですが。家の中にいるらしい幽霊を追い出すには、やっぱりお札なんかがいいんですかね。いえ、大したことじゃないのです。先日東北の方へ旅行にいった後に妙に家の中が騒がしいのです。鍵を閉めたはずなのに玄関が開く音がした…

ねこまた『封書』

「先生、やりましたね」仙台市のはずれにある由緒正しい旧家の古い日本の風景画の裏から見つかった1枚の古書を佐々木は固唾を呑んで見つめていた。「まだ、鑑定はこれから。真作と決め付けてはいけない。弟子であった河合曽良の手によるものかもしれん」佐…

倉開 剣人『鶯の朝』

その朝、鶯の声で目覚めた。とても寒い、静かな朝だった。 妻が仕事で、東京方面に出かけ、僕は子供たちを連れて近くの実家に泊まったのだ。 「鶯の声なんて、久しぶりだな」いつもよりラフな格好で、実家を出て 職場へと向かった。 午後2時46分。今まで…

倉開 剣人『心の声』

その夜は、雨が降っていた。 僕は毛布にくるまって家で寝ていた。 しとしと雨が降る中、外で立ち話をしている、おばさんたちの声がしていた。 「こんな雨の中、いつまで話しているだろう」 すでに夜の2時を過ぎていた。 さすがに気になって、カーテンを開け…

青木美土里『寄り神』

長い坂道を下ると罅の入った石碑が見えてきた。あれを過ぎればすぐ故郷だ。そう思った途端、肩がどっと重くなった。急激な疲れに、足元が覚束なくなる。さては、先ほど回った場所で何かを負うてきてしまったか。すべてが根こそぎ洗われた集落に、ぽつねんと…

沼利 鴻『水芭蕉』

私が小学三年か四年の春の事です。 マユという、とても綺麗な女子が転入してきました。マユという名前がどのような漢字であったかは忘れました。どこか難しく美しい字面で、先生が黒板に書いた字を私は読めなかったことを記憶しています。マユは弱弱しくみん…

君島慧是『タッくんちの』

小学校からの帰り道、少年はいつも同級生のタッくんと一緒だった。転校生の少年と違い、タッくんの家は古くから続く農家で、横長の母屋に二棟の納屋が向かいあい、家から少し離れた左手には動物が見えたことのない、真っ暗な厩か牛舎があった。タッくんの家…

高山あつひこ『こ』

これは、しるしなのだ。 ある日、井戸のつるべの桶に、まっ赤な落ち葉が浮かんでいるのを見た時、気づいた。紅葉が水面をくるくると回り出す。 「こ」 あの人の声がした気がした。里では紅葉は始まっていない。山奥から誰かが送ってきたのだ。勿論それは風か…

VISIA『みちのく東北ガイド』

新聞を読んでいた男性は、紙面の隅に小さく掲載されている広告を見つけた。『みちのく東北の癒しの映像を、貴方にお届けします。』 男性は、さっそく広告の申し込み住所に葉書を送り、代引きでソレが届くのを待った。 それから1週間が過ぎてビデオテープが…

烏鷺ボロス『魚』

子供の頃、家族で青森を旅行した。しかし、青森のどこだったのか、記憶が定かではない。 老いた父母に質しても、「さぁな、忘れたな。お前どうだね」、「そうねぇ。山の方だったかしらねぇ」と心許ない。無論、小学生だった私が覚えているはずもない。 なぜ…

須藤茜『父とケサランパサラン』

高校生の頃の話である。 寒い日の事だった。歩道橋を歩いていると、目の前を三センチくらいの白い毛玉がふわふわと横切っていった。 仕事から帰ってきた父にそのことを話すと、嬉々としてテーブルを叩いた。「それはケサランパサランだな」「ケサランパサラ…

料理男『温泉宿の奇祭にて』

農村によくある陽根信仰。たまたま泊まった岩手の旅館では、毎年祭が行われていた。男性のシンボルを模したご神体を担ぎ、子孫繁栄、安産を祈願する。この日を待ち望んでいた人々の念があまりに強すぎるのか、旅館は姿を一変させた。 ぺたぺたとスリッパの音…

料理男『本当の語り部』

名所の一ヶ所一ヶ所で時間をくって、語り部との待ち合わせ場所に着いた時には、約束の時間を大きく過ぎていた。せっかく個人的に遠野の伝承を聞く約束を取り付けたというのに、何とも申し訳ない。控えめに声を掛けつつ引き戸を開けると、語り部は笑顔で待っ…

須藤茜『ゆく先』

宮城県の沿岸部に住む友人から聞いた話である。 港の近くを歩いていると、たまに季節はずれにも防寒着を着た人たちに出会うという。夏の暑い日だというのに、何枚も洋服を重ね着して歩いている姿を見かけるそうだ。「あの日は3月だけど、雪が降るほど寒かっ…

須藤茜『白い花弁』

大きく揺れた時、私は仙台のアパートにいた。気仙沼の実家にすぐに電話をする。「こっちは平気。お父さんが仕事場にいるけど、たぶん大丈夫よ」 それきり連絡は途絶え、一週間後にようやく繋がった電話で、父がまだ帰ってこないことを知る。 私にできること…

烏鷺ボロス『嘘つき』

「恐山に行くんだ」 学校でボソッと呟いたら、みんなが机の周りに集まって来た。普段、あまり話さない同級生達が「写真撮ったら見せて。怖いもの映ってるかな」とか「最強の心霊スポットだよね。絶対でるよ。いいなぁ」とか言う。 ついこの間まで、「クラス…