君島慧是『タッくんちの』

 小学校からの帰り道、少年はいつも同級生のタッくんと一緒だった。転校生の少年と違い、タッくんの家は古くから続く農家で、横長の母屋に二棟の納屋が向かいあい、家から少し離れた左手には動物が見えたことのない、真っ暗な厩か牛舎があった。タッくんの家のほうが少年の家より五百メートルほど学校に近いので、二人が別れるのはその広い庭に面した門前だった。別れ際に、少年の目は見たくないのに必ずこの厩か牛舎にいった。闇を二分する横木に垂れるかぴかぴに古びた縄が、弾けたような切り口でよく揺れていた。
 その日も必殺技の話をしながら雪の残る道を歩いて、タッくんちの前に着いた。少年はやはりあの厩か牛舎に眼がいってしまった。風もないのに揺れていた縄がずるずると横木からさがり、先端が空をむいて宙に浮かび、上昇した。千切れた縄の後ろから、同じような少し長い縄が四、五本続き、その後には藁や紙でできた小さな馬や牛の人形、折り紙の奴さんに轡、鶏の形に切られた紙などが、数珠つなぎに一列で、螺旋を描きながら屋根や辺りの木の高さを越えていくのだった。
 空を昇る縄や紙の列を、体を凍りつかせて見ているうちに少年はふと、細い煙みたいだと思った。そこへフンフンフン、フンフンフンと鼻歌が聞こえた。列を見あげたタッくんが真顔で唄っていた。少年にもすぐにそれが何の曲かはっきりわかった。
 ランランランとアニメ『フランダースの犬』のテーマ曲をでたらめに少年も唄いはじめた。タッくんがちらりと少年を見、鼻歌をやめて声に出して唄いはじめた。ランランラン、ランランラン、ジングルシングウンタラカンタラ、ランランラン、ランランラン、ジングルシングスラーラ――
 縄と紙の列はもう空の高みで、黒い点だったものさえわからない。じゃあな、うんまた明日、と唄い終わったタッくんは庭へ、少年は福寿草の咲く道へ駆けだし二人は別れた。