倉開 剣人『鶯の朝』

 その朝、鶯の声で目覚めた。とても寒い、静かな朝だった。
妻が仕事で、東京方面に出かけ、僕は子供たちを連れて近くの実家に泊まったのだ。
「鶯の声なんて、久しぶりだな」いつもよりラフな格好で、実家を出て
職場へと向かった。

午後2時46分。今まで感じたことのない大きな揺れを体験した。オフィスの机の下にもぐり、神に祈った。
近くの公園に避難し、落ち着くのを待った。途中から雪が降ってきた。
携帯で見たニュースでは、尋常でない高さの津波が広範囲で襲ってきているということだった。
歩いて実家まで辿りつくと、家族は無事だった。下の子は、いつもなら
保育園にいるはずなのだが、その日は家で見てもらい迎えに行かずにすんだ。
妻と連絡が取れたが、しばらく帰れないかもしれないということだった。
その夜も実家で、子供たちと電気、ガスの無い中震えて眠った。しかし、気のせいか前日より寒く感じなかった。何事もなかったように星空がとても綺麗だった。               なぜか子供たちにかこまれる夢をみた。

次の日、甥っ子たちが心配してやってきた。甥っ子は帰らないと泣いて、
泊まった。子供たちが増え、賑やかになり、とても慰められた。
幸い、妻も職場のトラックに乗せられ無事帰ってきた。
甥っ子の家は電気が通っていて不自由がなく、そちらに避難することになった。

僕は鶯の鳴声で始まった、あの日ことを一生忘れないだろう。