ねこまた『封書』

「先生、やりましたね」仙台市のはずれにある由緒正しい旧家の古い日本の風景画の裏から見つかった1枚の古書を佐々木は固唾を呑んで見つめていた。「まだ、鑑定はこれから。真作と決め付けてはいけない。弟子であった河合曽良の手によるものかもしれん」佐々木は助手を嗜めつつも、震える手を抑える事はできなかった。もしこれがあの俳諧師松尾芭蕉が奥州を旅した巡行録の一部で芭蕉直筆なら世紀の大発見に他ならず、胸がときめくのも仕方のない事だった。ただ佐々木は興奮する心と裏腹に古書が何故日本画の裏に隠されていたのか疑問に思うと、何故か薄ら寒さも同時に感じていた。
古書を大学の研究室に持ち帰った日の夜から、佐々木は誰かの視線を常に感じるようになった。当初は気のせいかと思ったが、それが何度も続き確信に変わるのにはさほど時間は要さなかった。佐々木は何か得体のしれない恐怖に襲われたが、研究に没頭することで気を紛らわしていた。
数日後、古書を鑑定していた佐々木の研究室に1本の電話が入った。それは古書が見つかった旧家で小火騒ぎがあったとの知らせだった。その知らせに佐々木と同行した助手は大変驚いたが、幸い旧家の家人達には大した怪我もなく、何よりこの古書を火事の前に回収できた事に安堵した。
その小火騒ぎの知らせを受けた翌日、旧家の主人が突然佐々木の大学の研究室を訪れた。
「火事に遭われたそうですが、大丈夫でしたか?」
「ええ」主人は言葉少なめに答えた。何か隠し事をしている子供のように挙動不審な主人の様子を佐々木は不思議そうに見ていた。「今日はどう言ったご用件で?」主人は風呂敷に包んでいた大きな物をテーブルの上に置き、風呂敷を解いた。
「先生、あの小火騒ぎの後、こんな絵が浮かび上がってきたんですよ」
佐々木はその絵を覗き込んだ。そこにはあの風景ではなく、苦悶に歪む女の顔があった。