鈴木舞『夜に落ちるもの』

寺に着いたのは日が落ちる寸前のことだった。旧知の仲の住職は存外元気そうで、感謝とねぎらいの言葉を並べては、あの災害がいかに凄まじかったかを語ってくれた。

夕食後、私は本堂に隣接する法要に訪れた客人向けの部屋に通された。

「せっかく来てもらって申し訳ないんだけど、ここで寝てくれませんか。母屋はまだ片づいてなくて、危ないんですちゃ。ここなら、壁によらん限り大丈夫ですから」

向かいの壁と左手の障子に、ずらりと遺影が並んでいる。戦時中に撮ったと思われる軍服姿の青年に、紋付袴の老人、横を向いた老婆が、無表情のままこちらを見下ろしていた。

布団に入って間もなく、睡魔は訪れた。体の自由がきかなくなり、どこからともなく、ぴちゃんぴちゃんという音が聞こえてくる。

翌日、背筋が伸びるような寒さの中、私は住職を手伝って倒れた墓石を起こしてまわった。

その音を聞いたとき、私はまたも体を動かせないでいた。昼間の労働で疲れきり、首を回すのがやっとになっていたが、暗がりにつと糸を引くのを見た。

雨が漏っていたのかもしれない。朝になって外を確かめたが、そんな様子はなく、私は恐る恐る遺影に近づいた。

四箇所。わずかではあったがカーペットに湿った場所がある。

「どうかしましたか?」

朝食に呼びに来た住職に話すと、住職はああと、ため息をもらした。

「その人たずのご家族に安否不明な方がおられるんですちゃ。墓参りによくいらしてた方々でした」

遺影に目をこらすと、瞳の部分が滲んでいるのがわかる。他に濡れている所はなく、まるで、涙がガラスをすり抜けたみたいだった。

私は住職と手を合わせると、作業に向かった。