鈴木舞『どんと、はれぃ』

 「どんと、はれぃ」

 遠野の祖母は、昔話をすると必ず全部おしまいというこの言葉でしめくくった。

今思えば残酷な瓜子姫の話さえ、めでたしめでたしにしてしまうこの言葉は、幼い私の胸に濃く影を残した。

離婚問題にけりをつけた母と遠野を出ても、同じだった。自堕落な母が、故郷を離れたからといって変わるはずもなく、酒と男に溺れるのにそう時間はかからなかった。

私は私で、訛りをバカにされ、いじめられる日々をすごしていたが、私には味方がいた。祖母が教えてくれた呪文だ。この呪文は本当によく効く。唱えると、私をいじめていた子達は転校に入院に、あっと言う間にいなくなった。

私は私を唯一守ってくれるこの言葉に、心から感謝していたけれど、いざというときのために、できるだけ使わないように心がけていた。

学校から帰った私は、母の男に迎えられた。すえた臭いとタバコの煙で満たされた部屋に、母の姿は見えない。

「そんな所に立ってないで、おいでよ」

戸口に立ったままの私の手を引っぱって、男はドアを閉めた。

「どうした、黙りこくって。おじさんが怖いか?怖くないだろ?お母さんと仲良くしてるの、いつも見てるじゃないか」

私は部屋を飛び出すと、走った。白いシーツの上に広がる私の血が、目の前をちらつく。

あの呪文はきくんだ。ビール瓶を握ったとき、私は自分に言い聞かせて、男に振り下ろした。

私を守って。どんと、はれぃ。つぶやくと、裸足の足が滑った。頭、首、腰と派手に打ちつけながら、私は階段を落ちた。

最後に頭をぶつけたとき、やっぱりあの呪文はよくきくと思った。