来福堂『先代の矜持』

競争馬の生産といえば大概が北海道でね、中央競馬で活躍している馬なんて、ほとんどがそう。うちは東北の小さな牧場だしね、岩手競馬をはじめとする地方競馬を走る馬を、細々と出すばかりです。
牝馬に、種牡馬は三頭。牡は皆、北海道産まれで、中央で重賞なども走っていた馬です。程よく活躍をして引退しましたが、北海道には彼ら以上の種牡馬が有り余っていたんで、東北に来ました。頑張っていますがね。
三頭各自の放牧地の、一番広い所に居た種牡馬が去年死に、新しい馬が入って来たばかりで、これも血統は中々で、かつて重賞勝ちもしてますので、今からが楽しみです。
こいつの前に居た馬は、男前な奴でした。血統も、その活躍も渋くて、ファンも案外いましたよ。私自身も気に入っていたのですが、ある朝、眠るように死んでいました。短過ぎず、長過ぎずに、潔く駆け抜けた一生でした。
その後、残された牡馬を各々その場所へ入れようと試みたのですが、駄目なのです。何故か怯えて落ち着かず、結局、二頭とも本来の放牧地に戻しました。人に見えない、何かを見たのでしょうか。
小さい牧場なんで、土地を遊ばせる余裕は無い。そんなところへ、北海道の牧場から、新しい種牡馬をいれたから、と一頭の馬を譲り受ける事となりまして、今の馬がやって来たのです。いささか不安ではありましたが、こいつも結構男前で、風格もある。悪い奴ではなさそうだし、上手くやってくれるのを信じました。
初めて来た時、こいつは放牧地を睨んで低く唸りました。そして優しい目付きになり、すっ、と入ったんです。とりあえず、誇り高き先代も認めたようです。それから仲良くやってます。時折、もう一頭馬が見える事もありますが、男前が二頭、中々に良い光景です。