御於紗馬『再び潮の満ちるまで』

 おらが家に帰ったら、妹が喰われてた。
 普段入らない山の奥まで、日が暮れるまで食い物を探して、山芋と茸をどっさり見つけた。村の皆も喜ぶだろうと思って戻ったら、庭は妹の血に染まっていた。
 隣の爺さんが、妹の腕齧ってた。ゴロウの奴が妹の身体の上で、腰振ってやがった。腰振りながら、妹のあし、喰らってやがった。首だけになった妹がおらを見てた。何か呟いたように見えたのだけど、いきなり血いまき散らして潰れた。トシ婆がナタでカチ割ったんだ。ぶち撒かれた脳みそを、ヤタの所のガキが眼の色換えて啜り出した。
「クジに当たったんじゃ。主も食え」
 トシ婆は妹の目ン玉シャブりながら、おらにぐちゃぐちゃの臓腑を差し出した。
 何がなんだか分からなくなって、おら、駈け出した。神社の裏の、滅多なことでは参ってはならねぇ、おっかねぇ神様にガンかけた。全部、無くしてくだせえって。
 そしたら地面が揺れて、山みたいな波がざぱァって、丘も畑も家も、全部飲み込んだ。
 村の連中は皆、波にさらわれたけど、おらだけ残った。他は何も残らなかった。そしたら空から、おっかねぇ神様の声が聞こえた。
「浪を呼んだのはお前じゃ。また浪が来るまで、お前はここに居なければならぬ」
 それから、おら、ずっとここに居る。ずっと見とった。また新しく村が出来るのも、畑が出来るのも。でっかい箱が煙吹いて、すごい勢いで通り過ぎてったのには魂消たな。大きな戦で若い衆が取られてしまったり、飢饉もなんどもあったよな。山が崩されて、畑も田んぼも、でっかいカラクリで潰されて、あっと言う間に家が建っていったな。
 最近、妹によく似た娘が、この道を通っていく。惚れた男と上手くいったと言って、はしゃいでたな。でも、もう終いだ。またおっかねぇ神様の声が聞こえるんだ。「喜べ、もうすぐ浪が来る」ってなぁ……