斗田浜仁『ジャガラモガラ』

 ジャガラモガラはY県の山奥にある小さな窪地だ。地面の風穴から五度前後の冷風が吹き出ていて、夏でも涼しい場所だ。紅葉は山頂ではなく窪地から色づく。春は頂の雪が消えてもそこは何時までも残る。普通とは逆の不思議な世界と地元の研究家から聞いた。

 女だてらに私は一人でそこに向かった。奇怪な自然現象を見るためではない。最近住みついたという老婆の事を記事にするためだ。かつてそこは姥捨て山だった。見捨てられた魂が窪地の底を彷徨っていそうな場所に何故住むのか知りたかった。そこには粗末な小屋があり本当に人が住んでいた。いたのは中年の女だった。老婆はいなかった。

「今はいないよ」白髪交じりの女は冷気せいだろうか青白い顔で私を睨んだ。本人を取材しないと意味がない。女に言付けて出直すことにした。数日後に訪ねると、女も不在だった。代わりに二十歳前後の若い女がいた。中年の女に似ているので娘だろう。

「あんたも戻りたいの?」娘は母親と同じ眼で睨むと鋭く言い放った。

「戻る?」私が聞き返すと、彼女は馬鹿にしたように唇の端を曲げて笑った。

「明日、来てみれば判るから」

 翌日訪れると女も娘もいなかった。小屋を覗くと飯詰に赤ん坊がボロ着にくるまれて眠っていた。よく見るとそのボロ着は女や娘が着ていた衣だ。赤ん坊は私を待っていたかのように目を覚ました。眼が同じだった。

「戻る処を決めたわ。あんたよ!あんたに戻るの」赤ん坊はそう叫んで私を指さした。私は怖くなってその場を逃げ出した。後ろから赤ん坊の泣き声が追いかけてくる。私は耳をふさいで、必死に山道を駆け下りた。私は麓の集落まで戻り、恐る恐る振り返った。窪地のあるあたりから細い一筋の光が上がり、線香花火のように四方に散るのが見えた。その光の輝きに私の中の彼女が喜んでいた。私はいつか彼女を生むことを悟った。