小島モハ『銀河に落ちる』

 鷺沼を知ってるか。そうか、おまえが物心つくまえには、裏山の土砂崩れで埋まってしまってたっけか。あんとき家まで土砂がこなかったのは鷺沼のおかげだと、ばあちゃんは手を合わせて感謝したもんだ。山の神さまの鼻の先から斜面がすぱっと切れ落ちてな。前の年、栗の木が枯れたせいかもしれない。
 鷺沼は小さい沼だったが、いつもいちばん遅くに氷をはった。どの池や沼よりも遅くだ。その年に亡者になった人のたましいが沼の水で身を清めてあの世にいくんだと。
 その冬は近年希な寒波がきた。俺がまだ小学校、そうだな、四年か五年生のころのことだ。便所が離れにあったのは覚えているだろう、冬の夜の用便は辛くてなあ。あるひどく冷え込んだ夜ふけ、俺は小便に立った。布団から出るとかちこちに体が固まるようだったぞ。ゴム長のうえから雪沓を履いて新雪を踏むときゅうきゅう鳴 る。便所まで行かずに軒下で用をたそうとして空を仰ぐと、きらきら音が降ってきそうなほどの冬の銀河だ。そんとき俺は聞いたんだ。とっとっ、こっこって、硬い壁を叩くみたいな音をな。キツツキじゃあない。どうやら音は鷺沼のほうから聞こえてくる。俺はしょんべんも忘れて、スキーのストックを手にとると沼に向かった。
 あの鷺沼に氷がはってた。氷の下にぽーっと緑色に光るものがあってな。どうやらそれが氷に当たって音をたててたんだ。たましいだ、と俺は思った。そこから出たいって言ってるみたいだった。まだ薄い氷にストックをたたきつけて割ると、光る玉がみっつ、ふわりと空にのぼっていった。銀河に落ちてくみたいだったなあ。  翌朝ばあちゃんに話すと、ひかりものは上がり松の道子さん(まだ十七だった)と、夏のかかりに花火工場の火事で死んだ二人の職人だと言った。あんまりはやく沼が凍ったんで、閉じこめられて慌てたんだろってな。その冬はとにかくひどく、寒かったんだよ。