新熊 昇『亡』

 普段から割合よく利用している某有名通販サイトで「東北の名工・名匠チャリティー」というのを見つけたので「天童」+「将棋駒」というキーワードで登録しておいたら、数日後に「お知らせメール」が届いた。
 彫り師である「幽桂」という雅号は初めて目にするものだったけれど、いくつか掲載されていた駒の写真を見て、その端正さに一目惚れしてしまった。
 御蔵島黄楊、虎斑の盛上駒は、優に軽自動車の新車一台分くらいの値が付けられていたにもかかわらず、早くも売約済と表示されていた。
『売上代金の全額が寄付されます』
(すごいな、「一部」じゃないんだ)と思いながら、(もうちょっとお手頃なのはないものか)と画面をスクロールさせると、薩摩黄楊、柾目、特上彫り、○○名人書の書体で、アルバイト一週間分くらいの価格であった。これも「残り三」と「残り二」が二重線で消されて、「残り一」となっていた。
「お気に入り」ブックマークに加えて、折に触れて眺めること数日……。
 それよりも安いシャム黄楊の上彫の駒がブラウズするたびに残り個数が減っていて、ついに「完売御礼」に変ったのを見て、とうとう前述の「残り一」を申し込んだ。
 やがて届いた駒は、モニターで見た写真よりもずっと立派なものだった。サービスの米沢紬の小紋の駒袋や桐の駒箱も丁寧な造りだった。
 駒箱の底に小さく折り畳んだ紙片があったので、広げてみると、伝統工芸師の名簿のコピーで「幽桂」さんの名前には黄色いマーカーが引かれていた。そして、備考欄には「平成十五年 亡 」の文字があった。
(ご遺族のかたがチャリティーに出されたんだ)だが、少ししてハッとした。(○○さんが名人になって駒を作られたのは三年前。平成十五年当時はまだ五段だったはずだ)と。