葦原崇貴『やくめ』

 ここが死後の世界だというのなら、きっと天国なんてないのだろう。私はともかく、善人の代表みたいな母までもが一緒に来ているということは、津波に呑まれた人たちは例外なく皆ここへ運ばれたに違いない。人、人、人。地獄は人で溢れかえっていた。そう、地獄なのだろう。果てしなく続く行列の先頭にあるのはどう見ても刑場だし、そこで待ち受けているのは文字通りの獄卒、人の倍はある背丈に牙と角を生やした鬼だからだ。近くに並んでいる外国人の男は「デビル」と呼んでいたが。きっと彼にはそう見えるのだろう。
 あまりにも大量の人間が一気に押し寄せてきたものだから、鬼たちも忙しそうだ。列の先頭から老若男女の区別なく次々つまみ上げては、腹を裂いて臓物をかき回したり、舌を引き抜いたり、煮えた油へ放りこんだり、針の山に投じたり、溶けた鉛を呑ませたり。しかし一度死んだ身のこと、二度とは死ねない。だから悲鳴と嗚咽は永遠に続き、しかも次第に数を増しての大合唱となる。
 私の前で順番を待っている子供が、その光景を見て号泣していた。親は来ていないようだ。どうしてやることもできない私の横で、母が「私ら年寄りですら怖いもんな。若え人達はもっと怖いべなあ」と呟いた。この長い行列のどこかに、私の息子がいないことを祈らずにはいられなかった。
 刑場が近づく。四人の鬼に囲まれ金棒でめった打ちにされ続ける女性の声が、いつまでも止まない。地面に立てられた三十メートルほどの細長い杭では、肛門から口腔まで貫かれた鈴なりの男たちが、縦一列でこちらを見下ろしていた。血と汚物の臭気に耐えきれず、参列者は次々と嘔吐する。足元は皆の胃袋から出た海水で、川のようになっていた。
 最後に言葉を交わす暇もなく、母が鬼に抱えられた。何をされるのか見ないように、私は目を逸らす。そして自ら一歩踏み出した。
 死者の役目を果たすために。