金魚屋『ばんっ』

 さくらんぼの実が色づいてくると、神谷さんの畑のガス鉄砲が、ばんっ、と大きな音を出し始める。ガス鉄砲とは、さくらんぼをついばむ鳥達を脅す、爆音機のこと。
 隣に住む橋本さんの息子が、音に驚いて赤子が泣きやまない、と苦情を言いにきた。神谷さんは、隣家の赤子の夜泣きに我慢していたので、お互い様だと思ったが、それではまあ今後なんとか防鳥網でも、と、口のなかでごにょごにょ返事をし、話は一応おさまった形になった。しかし防鳥網は張り巡らすのに手間がかかる。これから買いに行くの嫌だ。もうすぐ、もぎとり。あとちょっとの間なのだ。このまま済し崩しといこう。網は来年。
 橋本さんの息子は、そうは考えなかった。約束したはずであった。なぜ、音はやまない。怒って、真夜中に、そっと、ガス鉄砲を捨ててしまった。
 神谷さんはそこまでするか、と憤慨した。犯人は橋本さんの息子だ。わかっている。警察にも言った。証拠だけがない。どうするか。神谷さんは嫌がらせのためだけに、再度、ガス鉄砲を買った。
 橋本さんの息子の怒りは凄まじかった。明け方、骨董ものの鉄砲を担いで神谷さんの家へ侵入し、眠っていた神谷さん一家を全員、射殺する。橋本家は先代までマタギをしていた。橋本さんの息子はすぐに捕まり、その後、裁判を経て死刑の判決がでた。
 捨てられた神谷さんのガス鉄砲は、山間の人気のない場所で見つかる。近くを通ると、ばんっ、と大きな音をたてると、子供達が噂しだしたので、ちょっとした心霊スポットになっている。時々、男のすすり泣きや叫び声も聞こえるらしい。しかし年寄り達は、橋本さんの息子の死刑が執行されたら止む、と、あまり頓着しない。そしてその通りとなったので、村での年寄り達の株が上がった。