古屋賢一『同じ墓に入る』

 有名人の墓参りが先輩の趣味なんですが、キリストの墓、という道路標識を青森県新郷村で見たときには運転席からずり落ちかけたらしいです。
「シートベルト締めててよかった」
「ああいうのって役所がつけるんやろ? 公的に認められてるってこと?」
 ひとりごとを言っていると(先輩には各方面に多くの知人がいるのですが、この趣味を共有できる友人にだけは恵まれてないそうです)、白いものがちらちら落ちてきた。
「さすが北国、八月でも雪が降るんやな」
 みるみる激しくなる。
「って、そんなわけないやろ」
 もう前が見えない。車を止め、窓を閉めて暖房を入れたけど、凍えそうに寒い。
「雲ひとつなかったし」
 頭の中にまで雪が吹き込んで、白く、まっしろく、いしきが、もうろうと……、
「……きつね?」
 白無垢を着た女が助手席側の窓を叩いている。夢かと思ったが目は覚めていた。
「あけて、はやく」
 ぼんやりしていると、女は自分でドアを開けて乗り込んできた。なんや自分で開けれるんやん……、ロックしてなかったかな? 見まわすと、車道のまんなか。青空がまぶしい。何か言おうとするものの口が渇いていてうまく声が出なかった。暖房を止めて窓を開けた。汗だくの体を風に撫でられて身震いした。遠くで蝉が一匹鳴きやんだ。
「出して、早く」
 結婚なんかしたくないの、ピラミッドを見たいの、と女は言った。
 先輩はキリスト似(見た目が)の女とエジプトへ旅立ちました。俺がふたりを空港まで送ってったんだから間違いありません。