青木美土里『あんじゅ様』

 どこの家にも独自の習慣や決まりごとはあるだろうが、我が家では年に一度「お精進の日」なるものがあり、一族全員が本家に集い精進料理を食すことになっていた。盆と正月にも揃わない親戚連中が一堂に会するこの日は、食事の前に皆で記念写真を撮る。毎年続けていると枚数も相当になるが、祖父母やそのまた両親の若い頃などを目にするのはなかなかに面白い。画質の粗いモノクロ写真の中では、平々凡々な顔立ちの祖先たちでもそれなりに見えるのだが、その中にひと際目立って美しい女性がいるのにある時気づいた。気になって探してみると、古いのから比較的最近のものにまで、時代を問わずいたる処に写っている。それも奇妙なことに、いつも黒い着物を纏い、瑞々しく若い姿を保ったままなのだ。周囲の者たちは、乳飲み子が青年になりやがて老人へと変わっていくというのに、ただその女だけ時が止まったかのように見える。誰かが悪戯で合成でもしたのだろうかと勘繰ってみたが、何のためにそのような手の込んだ真似をする必要があるだろう。十年来寝付いたままの祖父に尋ねてみると、当然のように、「そら、あんじゅ様だ」という返答があった。裏山の祠から代々我が家を見守って下さる、目には見えない存在で、当主が変わる前年にだけお告げのように写真に現われる。それで代替わりの時期が知れるのだと言う。「おれは、子どもの時分に一度だけ家の前の坂道で会った。この世のものとも思われぬ白い手で、竹の皮の包を差し出すのよ。うまそうな匂いがするんだが、絶対口にしちゃいけねえって親父から言い聞かされてたから断った。するとまあ、ひどく哀しそうな顔をして裏山のほうへ行っちまったよ」
 祖父は家督を継いで以降、若い頃は大好物だったという魚の肉を結局亡くなるまで食べることはなかった。「お精進の日」は百年以上昔、この地方が大津波に襲われた日に当たるということを近年になってようやく知った。