灰島慎二『神隠し隠し』

昔。
秋田県のとある村で、赤子ばかり消える神隠しが多発した。
どうしたものかと男達は話し合った。
山裾に住む狩人が、山の奥で妙な小屋を見つけたことを皆に伝えた。
するといつも無口な若者が、人を喰う鬼婆の住処に違いない、とナタを持って独りで山に分け入った。
ところが何日経っても帰ってこない。
十日ほどして、川で遊んでいた男児が若者の亡骸を見つけた。舌を引き抜かれていた。
亡骸は寺に運ばれた。身寄りのない若者を幼少の頃より世話してきた住職は、いたく悲しんだ。
その姿を目にした狩人は、仇を討つべく猟銃を手に山へ入った。
寺に人が集まり、若者の葬儀が始まると、不意に暗雲が立ち込め嵐が吹き荒れた。
うろたえる者に住職は喝を入れた。今、この骸を放れば火車がさらっていくだろう。それが村を守ろうとした男への仕打ちか。住職は数珠を天にかざし、経を唱えた。
途端に、にぁおにぁお、と風に乗って山から猫の鳴き声が聞こえてきた。火車は猫の化けたものだといわれている。いよいよ怖気づいた村人は散り散りに去り、残った住職だけが雷雨の中、化け物に立ち向かった。
 翌朝、顔面蒼白の狩人が山から下りてきて、ふらついた足で寺の門をくぐった。しばらくして出てきた狩人は、村人に何を訊かれても、覚えていない、の一点張りだった。
数日後、件の山小屋に男達が呼ばれ、解体するよう住職に頼まれた。半分腐った古屋は難なく壊せたが、どうにも廃材が血生臭い。そこに石工がやってきて、七体の地蔵が祀られた。消えた赤子と同じ数だった。
それ以来、住職の姿を見た者はいない。寺は廃れ、若者の亡骸も何処かに消えた。そして、鬼婆も火車もやがて皆から忘れられた。
狩人は、臨終の間際に天井を指して叫んだそうだ。赤ん坊がきた。あの若者に虐められた赤ん坊達が。そして、自らの手で舌を抜いて逝った。
今でも雨風の強い日には、時折、山から鳴き声が聞こえてくるという。
にぁおにぁおにぁおにぁ、と。