夏沢眞生『白目たたり目』

 転勤で東京へ戻った友人Aと宅飲みをしていると、彼女はふと思い出したように言った。
「前に付き合っていた男が、最近死んだんだ」
 聞けば酷い男だった。結婚詐欺まがいのことも繰り返していたそうで、騙された女がAの自宅へ乗りこんできたこともあるらしい。それが原因で一年前に男とは別れたと言う。
「結婚も意識していたから、別れる少し前、親に会わせようとしたことがあったんだけど、地元でね……ちょっと変なことがあったんだ」
 Aの地元には「弁天岩」と親しまれる景勝地があるらしい。
「海に赤い鳥居が浮かんでいるの。岩礁には小さな祠がたくさん祀られていて、岩が大きく抉られた鰐ヶ淵は、人が波に呑まれると二度と浮き上がらないとも言われていてさあ」
 淵を覗いた瞬間、男は足を滑らせたという。
「そばにいた釣り人と、慌てて彼を引き上げたんだけど、体中血だらけ。おまけに歯型に似た、おっきい傷までお腹についててさ……」
 岩でやられたんじゃないの? ビールを口に運びながら呟くと、Aは違うと強く言う。
「あいつに騙された女、同郷にも一人いてね、佳世って子だったんだけど……死んだの。直前、狂ったように御参りしてたらしいんだ」
 どこに? そう訊ねてもAは答えない。
「鮫は昔、鰐とも呼ばれていたそうだけど……彼、オーストラリアで鮫に食い殺されたんだよね。ざまあみろでしょ? 旅行だって、女を散々食い物にした金で行ってたんだから」
 昂っているのか、それとも酔いがまわっているのか、Aはますます饒舌になる。
「鮫は獲物を襲うとき、瞳を守るために白目を剥くんだって。咬みついても一度は放すの。出血で弱ったところを仕留めるためだってさ。でね……実はわたし見ちゃったんだ。あのとき鮫ヶ淵で、あいつ、女に足を引っぱられて滑ったの。彼女、白く濁った目をしてたなあ。あいつさー、きっとヤラれちゃったんだよね」
 佳世に。Aは喉を搾るような声をもらした。