夏沢眞生『お山のペコちゃん』

 八甲田山へ登った。酸ヶ湯温泉から大岳、下毛無岱を経て、もとの場所へ戻るコースだった。歩きだしてどれくらいだろう。開けた空間に白玉のような実が鈴生りになっていた。
「おい、矢沢ー。これなんだ――」
 前にいた友人の姿はなく、かわりに奇妙な生きものがいた。つるんとした白くて丸みのある頭は大きく、愛らしい顔をしている。某F家のペコちゃんみたいだと思った。
「なんだこりゃ……?」
 首を傾げると、それも小首を傾げる。ジャンプしたりクルクル回ってみたり、あっかんべえをしたり、お尻ペンペンをしてみたり、とにかく色々試したが何をしても真似をした。
「おんもしろいなあ、おまえ」
 しゃがみこんで手を差し出すと、気に入ってくれたのだろうか、向こうもはにかみながらこちらへ手をのばしてきた。指先がつんと触れた瞬間、ふわりと薄荷の匂いがした。
 お前どこへ消えていたんだよ。矢沢に詰られつつも、合流した俺たちは無事に下山した。 トラック横転事故に巻きこまれたのは、高速道路を一時間ほど走った後だった。車は大破し、運びこまれた病院で、俺は熱に浮かされながら、今度はベッドの上であれを見た。
 ペコちゃん似の白い集団。一人が恭しくお辞儀をし、一つ咳払いをした後で狂ったようにモンキーダンスを始めた。途中飽きたのか、全力で駆けてはベッドの端で急停止する、チキンレースに興じる輩も現れた。三味線のつもりだろうか。情熱的にペペンと叫びながら全身でエア三味線をする者もいて、どうしよう、そんなに騒がれた迷惑だ、同室の人が
怒る、あぁ怒るよ、ふつう怒るだろう? 夢現で俺はそんなことばかり考えていた。
「あら、白玉の木! 消炎作用があるんですよねえ、お知り合いが持ってきたんですか?」
 看護師はふしぎそうに首を傾げる。シーツの上にはバラバラと白い実が転がっていた。薄荷の匂いがして、痛みがスッと和らいだ。