綾部ふゆ『十四時四十六分』

 年の離れた弟が、寒暖の差が激しい春の日に、熱を出した。
 はじめは高熱だったが次第に下がり、昼過ぎには落ち着いて眠れるようになっていた。
 昼食を済ませた私は、特にすることもないのでベッドで横になってうとうとしていたのだが、忙しい母親の呼び掛けで目を覚ました。
「起きて! ソウマの様子が変なの。様子を見にいったら突然起き上がって『お母さん、助けて!』って言うの。うつろな目で『手がいっぱい見えるんだよ、助けて!』って言うの。『ぼく、もうだめだ』って。お母さん、抱き締めて、大丈夫大丈夫って言ったけど、窓から飛び降りたりしたら困るから戸締まりしたいの。お願い、ソウマを見てて!」
 捲し立てるように話す母の様子からただ事ではないと思い、慌てて弟の部屋に行くと、弟は布団の上に両足を投げ出して座っていた。
「姉ちゃんだよ。分かる?」と、弟の肩を軽く揺すって声を掛けるが、弟の視線は定まっておらず、反応もない。
「姉ちゃんのこと分かる? 大丈夫? もう怖くないから、大丈夫だから!」
 もう一度肩を揺すった途端、弟が我に返ったように私を見て、声を上げて泣き出した。
 弟を抱き締めて背中をさすりながら、何気なく時計を見た。
 時計の針が十四時四十六分を示していた。