2011-12-23から1日間の記事一覧

路ノ 茨『蓮姫』

宮城の県北。夏の頃、田畑の鮮やかな緑の中に、ぽっと桃色の灯がともる。伊豆沼をはじめとした三つの沼に咲く古代種の蓮の花である。 毎年花の見頃には蓮祭りが開かれ、小型船で沼を遊覧出来るのが魅力だった。沼の端ではカメラを携えた者達が熱心に沼の有様…

岩里藁人『燃えるリンゴ』

漫画原作者Tさんの実家は青森のリンゴ農家である。高校卒業と同時に上京したが、それは青雲の志と呼べるものではなく、雪国の重苦しい空から逃れたい一心からだった。 長男であるTさんが家業を継がないと知った父親からの餞別は、硬いゲンコツが二個。それ…

ヒラオカズヒコ『待っている人』

早春の二月下旬、会社の仕事で長井市の営業所へ出張した。新潟県に近く冬は雪が多いので苦労する。この年は暖冬だった。といっても山越えの二四八号線はずっと白い雪の列だ。寒い日であった。午前十時半頃、車を走らせ約束の時間を気にしながら目的地へと急…

鬼頭ちる『青い森の赤い沼』

どこまでも青く澄みきった空の、やさしい日だった。 瑞希は宏の故郷である青森にいた。数日前、瑞希がそのお腹に子供がいることを告げてから、宏は青森のとある場所へぜひ瑞希を連れて行きたいと告げた。互いの両親への挨拶、結婚の準備。これから忙しくなる…

久芝シュウコウ『すすり』

いや、ふざけてる訳ではないんだ。真剣なんだ。 階段で麺を啜るのさ。廃校になった木造の校舎で。 時間帯は夕暮れ。季節は冬。少し風が強くても構わない。 東北の冬は厳しい。そんな寒くて暗い処で麺を啜るなんていかれてる。 ただ、東北には、稲庭うどん・…

御於紗馬『月日が幾ら、過ぎ行きても』

嘶きが聞こえる。物悲しげな、牛の鳴き声が聞こえる。 まだ居るんだなァ。今年定年になる親父が、地元で行われている野球中継を肴にビールを注ぎながら言う。私も黙って頷き、何気なく窓の外を見る。 津浪で全てが失われたという海沿いには堤防を兼ねた巨大…

五十嵐彪太『老街灯の回想』

「今年は雪が遅い」と人々は噂していたが、それでも雪は降るものだ。例年より十日ほど遅い初雪は、思いがけないほどの大雪となった。 街灯は、足元が雪に埋っていくのを感じながら、止めどなく落ちてくる雪を照らしていた。 ふと、雪とは違う重みを感じて、…

沙木とも子『遠めがね」』

晩春、祖母の遺言を果たしに向かった先は根雪の残る北の地だった。山間を縫うように走る道は細く昏く、行けども行けども果てがない。闇雲な不安に襲われかけた頃、急に視界が開けた。前方、四方を山に囲われた窪地に、小さな集落らしきものが遠望できた。 日…

式水下流『けさら・ばさら』

疲れた。 仰向けに寝転がって開口一番に出た言葉だった。瓦礫から必要な物を探しだし取り出す作業。いつ終わるかも分からない。疲労感は限界まできていた。 空を見たのは何ヶ月ぶりだろうか。ずっと下を見て探し物をしていた。 晴れた空は合成着色料のように…

雨稀河里『馬肉』

岩手県のある村での話。 その村では、馬の頭をした“オシラ様”という神を祀っており、馬をとても大切にしていた。 ある日の夜、その村で生まれた春代という女性が東京で結婚した夫の邦彦と一緒に里帰りしてきた。 邦彦は大の酒好きで、春代の実家に来て早々に…

敬志『神さまの評判』

仙台市の荒浜地区に狐塚と呼ばれる小さな祠がある。昔から神社と神社を往来する狐が其処で休息すると伝えられてきた。 荒浜海岸一帯が津波に襲われた時、塚の近辺も波に呑まれた。しかしこの祠と鳥居は無傷で健在している。周囲との高さの差は僅か1.5m程…

来福堂『ファイト!』

俺の家は古くて、無駄に広い。付き合っていた彼女を初めて家に呼んだ時には、 「この家、何か居る。私、霊感あるのよ」 なぞと言われ、気味悪がられたが、この古さでは、さもありなん。心当たりもある。 後日、彼女は知り合いの霊能力者という派手なオバさん…

大河原朗『駄菓子屋のカッパ池』

駄菓子屋の爺は若いころ行商人として東北の村々を回り歩いていたという。 「何を売ってたって? 油売ってたんだよははは」 そんな爺なのでいつも話半分に聞いていたものだ。 村と村との境の寂しい道を歩いていると、どこからともなく子どもたちが現れて、物…

猫吉『弄石』

「面白い石があるから、見せてやる」 叔父さんが持ってきたのは子供の頭ほどの石だった。真ん中に丸い穴があいている。 確かに珍しいが、嫌なものを感じた。なんでも青森県で拾ってきたというが、本当は持ち出してはいけないものらしい。 「穴のある石には、…

大河原朗『赤』

祖父の山林を歩いていると、木々のむこうに赤い服装を見つけた。長い後ろ髪。女性らしい。真っ赤なパーカーを身に纏っている。登山道ではないし、季節的に軽装過ぎる。同伴者は見当たらず、足取りがどことなく虚ろだ。それとなくこちらの存在を知らせるため…

大河原朗『犬』

犬の面倒をみてもらえないか、と隣家から申し入れがあった。大丈夫ですから早く行ってあげてください、とあるだけの毛布や食糧、ガソリンのRV車への積み込みを手伝う。犬も事情を察したのか、小屋の前で項垂れている。近所総出で見送る形となったが、かけ…

江原一哲『再生』

一匹の猫が海辺を歩いていた。なだらかに打ち寄せる小波が砂浜に白い小さな気泡を残している。その気泡のほとんどは、次の波に触れる前に弾けて消えてゆく。 猫の足取りは軽やかだったが、しばらく歩いていると出し抜けに足場の砂がふるえ、砂が硬く変わった…

江原一哲『ぼん』

北関東に住むA子さんがお盆休みを利用して宮城県のH川河畔で行われる花火を見るため、数年ぶりに故郷の友人のC美さん宅を訪ねた。 同い年のC美さんはA子さんを二階の和室から通じるベランダに連れて行った。小さな椅子が二脚、暗がりの方へ向けて置かれ…

田磨香『田中さんは零戦になって』

私の祖父は、戦争経験者である。十九歳で徴兵され、満州へと送り込まれた。もちろん恐くもあったが、当時は血気盛んな若者である。こうなったらやってやるぞと、覚悟を決めて行ったという。 しかし幸いにも、割り当てられた役目は整備兵であった。手柄のひと…

水樹『冬の廻廊』

雪に埋もれぬよう、止まらず、急がず歩む。一時の休み、狭き洞に入る男、腰を下ろすと雪を払い、煙管を咥える。瞼を下ろし、雪景色を消す。深く煙を吸い込む。 郷里での遠い記憶、稚児の自分を思い浮かべているのか。一人になりて歩むは忘却の道路。無音の歌…

水樹『山っ子』

おじいは怒ってばっかりじゃ、拳骨などもういやじゃ、さらばじゃ。 噎び泣く声、しゃっくりが山に響き渡る。木霊が消えると山は静けさを取り戻した。 空を舞い、人里に降りた山っ子。 鬱憤を晴らす為、三つ又に分かれた指で狙いを定め、どん、と言っては、離…

青葉順『また、明日』

時を時計が刻む。カッチカッチとあちこちから秒針の音がする。仮設住宅の間取りは八畳二間に二畳の台所と風呂トイレ。この家の中に少なくとも時計は五個あるはずだ。腕時計、掛け時計、目覚まし時計。どれも時刻を合わせていない。今何時なのか知りたくない…

ジャパコミ『カッパ担当者』

沼の縁、不安定な草むらの上に、ワラで作った小さな馬の形代をそっと立てる。鉄製のフェンスを閉じて観察棟に駆け戻り、緊張した面持ちの見学者たちと、しばし待つ。 ぽちゃり、水面が波打った。魂切るようないななきが聞こえたかと思うと、ぬめり光る赤い手…

綾部ふゆ『夢の話』

夢を見た。 そこは暖かくもなく、寒くもない場所で、太陽も月も出ていないのに、周囲がぼんやりと明るかった。 私は裸足で、とぼとぼとあてもなく歩いている。 潮の香りと桜の香りがする。春だなぁなどと思っている。 だが、急に、物凄い力に引っ張られて地…

綾部ふゆ『十四時四十六分』

年の離れた弟が、寒暖の差が激しい春の日に、熱を出した。 はじめは高熱だったが次第に下がり、昼過ぎには落ち着いて眠れるようになっていた。 昼食を済ませた私は、特にすることもないのでベッドで横になってうとうとしていたのだが、忙しい母親の呼び掛け…

ジャパコミ『宮澤賢治は読まれ続ける』

「石炭袋」を覆う夜空に、ひときわ輝く星が現れた。流星ではない。銀河の縁に座標を定め、信号灯のように瞬いている。プレスセンターとなっている甲子の集会所は騒然となった。記者たちは「サウザンクロス」だの「蠍の火」だのと、星の名を口ぐちにつぶやい…

ジャパコミ『税込四二〇円』

小学校最後の夏休み、私は大叔父の法事で父とともに盛岡へ行った。はじめて行く、父の故郷だ。法事が終わった後、二人で三ツ石神社を見学した。岩手県の名の由来になった「鬼の手形石」が祀られたお社である。かつて悪い鬼が神さまによって追放され、二度と…