江原一哲『ぼん』

 北関東に住むA子さんがお盆休みを利用して宮城県のH川河畔で行われる花火を見るため、数年ぶりに故郷の友人のC美さん宅を訪ねた。
 同い年のC美さんはA子さんを二階の和室から通じるベランダに連れて行った。小さな椅子が二脚、暗がりの方へ向けて置かれており、その傍らには赤い光の灯った蚊取り線香があった。
「飲み物取ってくるから座ってて!」
 打ち上げ開始の二十時が近い。
C美さんは下半分が曇りガラスになっている戸を閉めると、バタバタと音を立て階段を下りて行った。
『大丈夫かな』
 そう思った時、不意に部屋の方から声がした。
「そそっかしい子でねぇ」
 かなり高齢の、女性の声だった。C美さんの祖母が上がってきたのかと思った。座ったまま窓の方を見るが曇りガラス越しでは室内の様子はよくわからない。立ちあがり、戸を引いてみた。
 C美さんがおぼんにグラスを二つのせて部屋に入ってきたところだった。
「麦茶で良いよね?」
 C美さんがそう言った時、視界の隅に腰の曲がった老婆が一瞬だけ入り込んだ。
「もう、時間だねぇ」
 今度はベランダの方から老婆の声がした。
「C美ちゃん、お……」
 おばあちゃんの分は、そう尋ねようとした時、不意に数年前、C美さんからメールでC美さんの祖母が亡くなったと告げられたことを思い出した。
 背後でボンと大きな音がした。振り返ると、真っ赤な牡丹様の花火が夏の夜空に映し出されていた。
「あっ」
 C美さんが何かに気づいたように壁際を見て声を出した。入ってきた時は意識しなかったが、押入れの上の鴨居に着物が掛けられている。
「おばあちゃんの着物、虫干ししたまま忘れてた」
 そう言うとC美さんは着物をハンガーごと窓際の鴨居に移した。
「おばあちゃん、ここから花火を見るのが好きだったんだ」
 次々と色鮮やかな花火が上がる。割物が盛大に花開く度に、風もないのに二人の背後に下がった着物がさらさらと音を立てて揺れた。