江原一哲『再生』

 一匹の猫が海辺を歩いていた。なだらかに打ち寄せる小波が砂浜に白い小さな気泡を残している。その気泡のほとんどは、次の波に触れる前に弾けて消えてゆく。
 猫の足取りは軽やかだったが、しばらく歩いていると出し抜けに足場の砂がふるえ、砂が硬く変わった。
 月光に照らされた自らの白い前肢の下を見ると、丸い窪みや楕円のかたちが認められた。傍らに横たわる流木に飛び乗り、そこから砂浜を見降ろすと、先ほどまでおうとつ一つなかった滑らかな砂浜が無数の人間の足跡で埋め尽くされていた。
 流木から下り、再び踏み固められた地面を歩き始める。固く圧縮された砂粒が流れ落ちずに六本の指の間にとどまった。
 空に目をやると、やけに遠い月が満ち欠けを黙々と繰り返している。厚い雲の気まぐれか、降り注ぐ光量の変化がその瞳を満たし、また欠いた。
 波の寄せる音がひと際高く聞こえ、全ての指が海水に触れた。暖かい。浩浩たる海原に目をやると、白い湯気が立ち昇っていた。体温程に温まったその波は薄く広く砂浜を覆い、束の間に海原へと収束する。湿って濃い色に変わった砂の上に足跡はもう見られない。
 一瞬の静寂の後、立ち昇る湯気の向こうから、夥しい数の人間の赤子の泣き声が聞こえ始めた。
 産声だ、そう感じた雄の三毛猫は口を開き、一度だけけたたましく鳴いた。