大河原朗『駄菓子屋のカッパ池』

 駄菓子屋の爺は若いころ行商人として東北の村々を回り歩いていたという。
「何を売ってたって? 油売ってたんだよははは」
 そんな爺なのでいつも話半分に聞いていたものだ。
 村と村との境の寂しい道を歩いていると、どこからともなく子どもたちが現れて、物欲しそうな目でついて来ることがある。そんなときは懐に忍ばせた菓子を、その辺の石の上にぽんと置いてやる。けれども、子どもたちはみな薄暗い影のように透けていたので菓子を手にすることができない。かえって気の毒だ。やはり駄目か、と静かに手を合わせ、そっとその場を立ち去るのが常だった。
 ところが、そのうち子どもたちの気配が宿までついてくるようになった。粗末な相部屋の布団にもぐっていると、小さな足音がトタトタトタ、ぐるぐるぐる、一晩中、それなのに他の宿泊客はまるで気づいていない。ついには帰郷の列車、都会の雑踏、乗合バス、寂れた定食屋、生まれ育った街、本当にどこまでも子どもたちはあとを追ってきたのだ。
 土間の片隅や庭の木陰や軒下に佇むぼんやりとした子どもたちをしばらく眺めていた。そして、決心した。行商はやめてここに店を開こう、と。小さな商店は思いのほか繁盛した。年老いてからは駄菓子屋に商売替えして近所の悪ガキどもの相手をするようになった。
「でな、そんときの子どもたちはな、ほれ、おまえらの横にまだいるぞ」
 何十回聞いたかわからない決まり文句だ。
 駄菓子屋の裏庭には三畳ほどの池がある。爺が子どもたちの供養のために造ったという。それが「カッパ池」なのだが、なぜカッパなのか、なぜ供養になるのか、いつか聞いてやろうと思っていたが、もう叶わなくなってしまった。
 カッパ池にはたくさんの金魚がいた。その鮮やかな赤を、私は今でも覚えている。