敬志『神さまの評判』

 仙台市の荒浜地区に狐塚と呼ばれる小さな祠がある。昔から神社と神社を往来する狐が其処で休息すると伝えられてきた。
 荒浜海岸一帯が津波に襲われた時、塚の近辺も波に呑まれた。しかしこの祠と鳥居は無傷で健在している。周囲との高さの差は僅か1.5m程しかない。現地を訪れれば、すぐ近くの更に高い場所で民家が無残な姿を晒していた。祠を建てた方は津波の犠牲になった。未亡人は「丁寧に祠を守っていた夫は守って貰えなかった」と語っているという。
町全体が壊滅した岩手県大槌町でも、震災直後から似たような話が非難場所で上がっていたと聞いた。蓬莱島(人形劇「ひょっこりひょうたん島」のモデルとされる)の弁財天を始め、神社の多くが津波や火事の被害を免れている。神社自体元々高い場所に建てられている事が多いと言ってしまえばそれまでだが、狐塚と同じように、どういう訳か周囲の惨状を他所にその敷地だけ切取ったように被害が少ないのである。これを復興の拠所として手を合わせる人もいるが、逆に「神様は自分の事だけだ」と不満を漏らす人も多い。
 そんな中で株を上げた屋敷稲荷がある。
 大槌町大ヶ口に住む佐々木さんの裏山にある稲荷は以前から脱走癖があった。この15センチに満たない狐の木像は祠に収まっている事が嫌いらしく、幾ら戻してもいつの間にか扉の外に転げ出てしまうのだ。佐々木さんも呆れて面倒になりそのままにしておいた。
 震災の日、佐々木さん宅は津波と火事から辛うじて逃れる事が出来た。路地ひとつ風ひと吹きの差だった。漸く落着いてから裏山の様子を見に行くと、転がりっぱなしのはずの狐が何時の間にか祠の中に戻っていた。
 「さも自慢げに鎮座していましたよ」と佐々木さんは顔を綻ばせる。
 今はまだ油揚げが手に入り難いので、他の大豆製品を供えているという。