雨稀河里『馬肉』

 岩手県のある村での話。
 その村では、馬の頭をした“オシラ様”という神を祀っており、馬をとても大切にしていた。
 ある日の夜、その村で生まれた春代という女性が東京で結婚した夫の邦彦と一緒に里帰りしてきた。
 邦彦は大の酒好きで、春代の実家に来て早々に春代の父と酒を飲みたがった。
 春代の父は最初は喜んだが、邦彦が土産だと言って、春代にも言わないで勝手に持ってきた馬刺しを見て、態度を変えた。
“馬を祀っている村で馬刺しを食うとは何事だっ!”
 父は怒って自室に帰り、春代と母もその後を追って、居間には邦彦一人だけになった。
 へそを曲げた邦彦は持ってきた酒と一緒に馬刺しを食い始め、挙句酔ってそのまま寝てしまった。
 しばらくして、居間が完全に静まり返り、春代は邦彦の事が心配になった。
邦彦の様子を見に居間へと戻った春代の目に、居間の畳の上で横になっている邦彦の姿が入った。
 横になっている邦彦は、骨と皮だけになって絶命していた。
 驚いた春代が近付いてみると、邦彦の亡骸のすぐ横に文字が刻まれていた。
“わしらの肉を食うのなら、わしらも肉を食うて返す”
 馬の蹄で引っ掻いたようなその文字を読み終えた後、何処からともなく馬の怒りの嘶きが聞こえ、春代は気を失った。
 その後、夫の無残な姿に気を病んだか、オシラ様の祟りなのか、春代はそのまま寝込んで一月もしないで逝き、春代の両親も後を追うように亡くなったらしい。