五十嵐彪太『老街灯の回想』

 「今年は雪が遅い」と人々は噂していたが、それでも雪は降るものだ。例年より十日ほど遅い初雪は、思いがけないほどの大雪となった。
 街灯は、足元が雪に埋っていくのを感じながら、止めどなく落ちてくる雪を照らしていた。
 ふと、雪とは違う重みを感じて、そっと足元を照らす。小さな女の子が凭れ掛かっていた。街灯が照らす雪の舞を無言で見上げている。
「寒いねえ」
 と、街灯は呟いた。女の子には聞こえないと知りながら。
「きれいだねえ」
 と、女の子は応えた。
「帰らないのかい?」
 街灯が問うと
「雪に帰りたいの」
 女の子は、はっきりとそう言った。そして、寒くないようにと、赤いマフラーを街灯に巻きつけてくれた。
 雪はどんどん降り積る。朝の気配を感じる前に、女の子は、すっかり雪に埋もれた。

 春がやってきて、ようやく町の雪が消えた日、街灯は小さな葬列を照らした。黒い着物を着た幾人かの人が、街灯に巻かれた赤いマフラーに気づいた。
 解こうとしても解けない赤いマフラーにしがみついて離れようとしないひとりの婦人を、街灯はいつまでも照らしていた。