ヒラオカズヒコ『待っている人』

 早春の二月下旬、会社の仕事で長井市の営業所へ出張した。新潟県に近く冬は雪が多いので苦労する。この年は暖冬だった。といっても山越えの二四八号線はずっと白い雪の列だ。寒い日であった。午前十時半頃、車を走らせ約束の時間を気にしながら目的地へと急いでいた。幹線道路だが交通量は多くなかった。
 無着成恭の山びこ学校のある山元村を過ぎ小滝峠を越える。車の正面に真っ白な雪に覆われた朝日連峰が見えてきた。間もなく白鷹町だとおもいながらスピードを上げる。すると左手前方に山に入る道路があって国道三四八から出るところが緩いカーブになっているのが見えた。
 スピードを落とさず車を走らせていると、その国道が枝分かれする道路の脇に老いた女の人が寂しそうな顔をして座っていた。両足を前に投げ出し、雪のない乾いた地面にべたっと尻をつけて座っていた。風船のようなものを手にしていた。その女の人が顔をふとあげ、不安げに私を見た。目が合った。こんな、まだ冬なのに地べたにじかに座って寒くないのだろうかと思ったが、そのまま車を走らせた。
 しかし、その女の人の寂しげな顔が目に焼きついて消えず、なぜあんなところに一人で座っていたのだろうと思った。もしかしてあの女の人は母? そう思うと気が気でなかった。私は急いでUターンしてさっきの場所に戻った。しかしその場所はどこにもなかった。山に入る道路も。もちろん老婆も見つけられなかった。私は一瞬キツネにつままれたような気がした。母の身に何かあったのだろうか。心配ながらも家に帰る訳にも行かず、また長井へと向かった。夜、家に帰ってみると母に変わった様子はなかった。だが、あれは寂しがりやの母ではなかったかと今でも思う。