早夜『側に……』

「 左肩が痛み出し、首が回らなくなって半年が経つ。多忙さを理由に今日まで過ごしてきたが、痛みの度合いは軽減するどころか日毎に増すばかりで、いよいよ心配になってきた。取引先での昼食会にて、先方の部長から“左肩に男の人が憑り付いていますよ”と指摘されなかったら、翌日にでも病院に行き、検査を受けていたと思う。
 その部長とはつくづく不思議な男だった。確か、東北……福島の会津の出だと聞いたことがあるが、それ以外は印象の薄い、どちらかというと新規契約やら、事業やらとは無縁の、控えめな男に見えた。それなのに、部長のことを記憶に残していたのには理由がある。父と同郷……それが理由だった。他にも、危険を予知する、など、得体の知れない評判が付いて周る人物だった。
 「あなたの左肩ですが、首筋にかけて男の人の指がしっかりと食い込んでいます。痛みませんか? 成仏出来ない霊のようです」
 昼食の席、誰もが箸を止め、私の左肩に視線を集中させた。部長はこんな風に唐突に霊視を始めることがあるとは聞いていたが、自分に順番が回ってくるなど想像もしておらず、正直うろたえた。確かに、半年前、年の初めに父を亡くしている。父親っ子だった私は、未だその死を受け入れられずにいる……。
 「磐梯山の方角に本家のお墓があるでしょう。そちらに遺骨を移せば、ご先祖様がこの霊を拘束してくださると思いますよ」
 私は曖昧に頷きながら、痛みなどありませんよ、変ですね、と嘘を付いた。仮にこの肩の痛みが本当に父の霊の仕業だとしたら……。
 会食が終わり、それぞれが社に戻ることになった。にこやかに挨拶をする部長の視線が、一瞬だけ私の左肩に注がれたのを見て、振り切るように踵を返した。改札を通過する頃、左肩の痛みがいつにも増して激しく疼き出した。私は立ち止まり、父の気配を握り締め、痛みでも良いから側に居てね、と呟いた。」