こまつまつこ『障子に差す影』

 まだ夜の道が真っ暗だった頃、子供だった祖母は、お遣いで隣町に行くのがとても嫌だったそうだ。隣町といっても祖母の住む村からは畑しかない一本道を、数時間かけて歩かなければならないような場所にある。加えて徒歩が主流の時代である。祖母はその道を通るのが恐ろしくて仕方がなかったという。

 その一本道にはいつも小汚い灯篭売りが座っていて、道端に露天を開いていた。愛想よく接客するわけでもなく、ただ黙って通りを見つめているので、通りかかる者は皆一様に気味悪がり、彼女を避けた。更に先へ行くと途中には小さな集落がある。隣町へはどうしてもここを通らなければならないが、とても陰気で気持ちが悪いのだと祖母は言った。昼間でも住人たちは雨戸を閉め切って家に閉じこもっている。物音一つしないどころか、住人を見たこともない。この二つを通る時は目を閉じ、何事も起こらぬようにと念じて走り抜けるのが祖母の常であった。

 その日は用が込み入り、祖母が遣いを終えて帰る頃には陽は落ち、空は紺に染まっていた。夜中にあの道を通らねばと思うと気が重い。泣き出しそうになる祖母を集落の明かりが迎えた。障子から橙の明かりが漏れ出ている。その灯を見ていると、べったりと真っ黒い大きな女の影が障子に映った。横を向いている。久しぶりに見た人影はしかし不意に口をぱっくりと開き、

 ――ぎゃはははははははは!

 けたたましい笑い声を上げた。そこら中から声が響く。昼間の陰気さからは想像もつかないような笑い声に、祖母は耳を塞ぎ、走り去った。すっかり暗くなった帰り道を、泣きべそをかきながら歩いていると、あの灯篭売りがまだそこにいた。夜道に灯篭の灯が赤々と揺れていた。早足ですれ違うとき、チラと目を遣ると、灯篭売りがじっとこちらを見てにやにやと笑っていた。電気の光が通った今でも、祖母はその道を通りたがらない。