日野光里『こねる』

とにかくたくさんんの人が入院していた。
ケガをした人もお産をした人も、区別なく寝かせられている。
具合が悪くて入院していた私はお父さんが付き添ってくれてベッドに横になっていた。
ちょうど向い側のベッドでは、お産を終えたばかりの女の人と赤ちゃんがいる。
赤ちゃんは小さなベッドに、大きなベットに女の人が寝かされていた。
ふたりともビクリとも動かない。ぐっすり寝ているのだろう。
私もなるべく眠ろうと、ふとんをかぶっていた。
と、お父さんが私の横から立ち上がると、その赤ちゃんのそばにいった。
なんだろうと布団の中から伺うと、なぜかお父さんは赤ちゃんの顔をこねるようにして戻ってくる。
そして、また私の横に座り、しばらくすると、また動いては赤ちゃんの顔をこねて戻ってくるのだ。
まるでおもちの形を整えるように……。
そんなことが朝方近くまで続いた。
まだ暗いうちに看護婦さんが巡回に来て、赤ん坊が死んでいると騒ぎ出した。
死んでいるというのに、女の人はぼおおっとしたまま、うつろな目をしてる。
その騒ぎをお父さんは、ため息をつきながら見守っていた。
「お父さん、どうして、こねていたの?」
恐々聞いてみると、お父さんは歪んだ笑顔を見せる。
「親に殺された子は、ああしないと鬼に取られるんだよ」
そう言ったお父さんが、もう生きてはいなかったことを、私は思い出す。