加楽幽明『月が見ている』

 山菜採りの帰りです。後肢をけがしたたぬきを保護しました。家に連れ帰り一週間ばかりけがの経過を見て、山に返しました。山に戻るとき、たぬきは何度もこちらを振り返っては、お辞儀でもするみたいに頭をこくこくと振るのが印象的でした。
その日を境に夜道を歩いていると、誰かに見られている感覚がまとわりつくようになりました。
 ある夜、空を見上げると視線の主がやっとわかりました。煌々と輝く月が二つ浮かんでいたんです。しかも一つはまんまるの中からちょこんと細長いしっぽらしきものが伸びてます。あれはあの時のたぬきにちがいないと思いました。なので「けったいなお月さんやなぁ。まあるいおなかからなんかはみ出とるわ」と夜空に向かって叫んでやりました。そしたら月が流れ星みたいにひゅーって落ちていったんで、さすがにちょっと驚きました。
 ええ、それからです。空を見ると、いつでも月が浮かんでいます。雨の日は雲に覆われた空にぽつんと寂しそうに、風の強い日は風圧に負けて飛ばされたなんてこともありました。それにしてもあの月は、私の知る限り一日も欠かさず天に昇ってました。本当に律儀な月です。
 今ですか? 今も毎日、空にいますよ。特に何をするでもなく、ただそこにあるんです。化けるのもうまくなってもうホンモノと区別がつかないくらいですが、私の空にはずっと月が出ています。