深野ちかる『片目の魚』
M子さんが迷い込んだ山道の朽ちかけた山門がありました。門の上に、がらんどうの鐘楼が載っています。くぐると、境内に細い川が枯れていました。奥にちいさなお堂があります。廃寺かと思っていたのに、ちいさな灯りがともっていました。
お堂の観音開きの扉が開いて、尼僧が立っていました。
「どうかされましたか」
妙に艶めいた声である。
「道に迷いまして」
「それはそれは」
もうすぐ日が暮れようとしていました。尼僧は泊まっていくようすすめたが、Mさんは気が進みません。お堂は信仰の場所としても、人の暮らす気配がなさすぎたのです。
M子さんの視線は閉ざされている厨子にあてられました。
「御神体は碧眼の魚です」
尼僧は言いました。
「秘仏でございます」
昔は境内を流れる川に片目の魚が泳いでいたそうです。
「いつしか死に絶えて、偽って碧眼の魚を持ちこむ輩なども現れました。片目を焼いたりつぶしたり。なかにはおなごの脛を加工したものもいたようで」
「はあ」
「どうか、足をお楽に」
尼僧の目がふくらはぎのあたりを舐めていることに気づき、M子さんはぞっとしました。
隙を見てM子さんは山道をかけもどって来たそうです。
途中脛の消えていることに気付きましたが、さいわい足先は残っていたので帰り着けたそうです。