大谷雪菜『老木の記憶』

Y町の鬼穴古墳群は、四方を山や田畑の緑色に囲まれている。まるで時の流れにその身をうずめるかのように、しんと息を潜めている。
 友人の家から二十分ほど自転車を走らせた私は、疲れた足を休めようと畦道に自転車を止め、古墳脇の老木にもたれ掛かった。今日のご飯何だろう。天麩羅だといいな。さくさくの海老天に大根おろしを乗せて、たっぷりつゆを染み込ませたのが食べたいな。空腹を覚えつつ、山へ帰ってゆくカラスのもの悲しい鳴き声をぼんやりと聞いていた。畑には、煤けた作業服に身を包み、頭に麦わら帽子をのっけた農夫が一人、鍬を片手に西へ傾いた太陽を仰いでいる。うっすらと茜色に染まった空を、千切れた雲がゆっくりと横断してゆく。ふと、残暑の生温い風が通り過ぎたかと思うと、背後でがさがさと草をかき分ける音がした。咄嗟に老木の影に隠れ、わたしは古墳の方を見た。男の人だ。三人。みな、土で汚れた着物をきている。こちらには気付いていないようだ。胸を撫で下ろしながら様子を窺っていると、彼らは身を屈めて、古墳の石室へ入ってゆく。こんなところに一体何の用事だろう。不安が増すのに比例するように、だんだんと日は翳る。薄青くなり始めた空間から逃げ出そうとするが、わたしはそこで妙なことに気が付く。身体が動かない。まるで老木に張り付いてしまったかのように。どうにかしようと焦っていると、やがて先程の男たちが窮屈そうに石室から出てきた。手には、何か金色に光るものやビーズで紡がれたアクセサリーのようなものを持っている。はっきりとは見えない。彼らの口元が動いているのは見えるのだが、どういうわけか声も聴こえない。消音でテレビを見ているようだ。次の瞬間、私は肩を震わせた。彼らは一瞬のうちに姿を消した。辺りを見回しても、何事も無かったかのように静まり返って、ぼやけた夕闇が滲んでいる。老木に張り付いていたわたしの身体も、どうやら動くようである。