告鳥友紀『リフトに乗る』

 岩木山を横目に見て滑走する爽快さを熱く語る友にほだされ、スキーは初心者レベルの私であったが、じゃあ行ってみようという気になった。おまけに頂上からは海が見えるというではないか。
休暇をとり現地に到着した時はスキー日和といっていいほどの天候だった。友と一緒にしばらく滑っていたが、さすが相手は地元出身者だけにスキーの腕前はなかなかのもので、やがてそれぞれのペースで滑ることとなった。友とはぐれてしまったが、人も少ないスキー場だ、そのうちまた会えるだろうと私は一人でリフトに乗ることにした。
 リフトは急斜面を昇っていく。空がいつの間に曇ってきた。前方のリフトに座っている人はなく、後方も見たかぎりでは乗っているのは私一人だけらしい。視線を下に移せば、ゲレンデを滑る人がちらほらいるが、友はどこにいるのだろう。ふと前を向くと、反対側のリフトに人影が見えた。下りリフトがだんだん近づき、すれ違った一瞬、目があった。青白い顔の若い男。スキー板を装着していず、着ている服はなんと薄着だった。あっけにとられたとはこういう状態なのだろう。
今のは何だったんだ。我に返り、ようやく後ろを振り返っても、男を乗せたリフトはすでに見えなくなっていた。
そろそろ頂上に着いてもよい頃だと思った時、男の名を思い出した。あれは今年の夏、自殺を図ったタレントだと。かろうじて一命を取りとめたが、彼は今も入院中じゃなかったか。なぜ、こんなところに。そもそも下りのリフトなんて… ところで頂上には一向に着かないのだが。視界が急に暗くなり、寒さが増してきた。先ほどまで見えていた岩木山も見えない。滑車が回る金属音だけが闇の奥からゴォーン、ゴォーンと響いてくる。
このまま宙吊りで私はどこへ運ばれていくのだろう。